本編沿い
□Story29
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道標は、永久に変わらない祈り
Story29、泡沫のような現実に浮かべる君の音色
「マリューさん…間に合って、よかったです」
遠くの惨状から少し離れた海岸に殆ど突っ込むように着底したアークエンジェルから抜け出したクルー達の下に、青い翼を持つ機体から降りたパイロットがゆっくりと歩み寄り、口火を切った。
乗員は当初その姿を信じられないものを見るかのように見詰めていたが、彼の声を聞いた途端に少年少女が破顔したのにつられて強張らせた顔を戻して行く。
「ホントに…キラくん、なの?」
「はい」
思わず涙が出掛かりそうになる自分を抑えながらもマリューが尋ねると、キラが苦笑するように、けれど優しさがこもったような大人びた表情で応える。
以前までにない面影に、死んでしまったと思っていた彼に対する思いが一気に溢れだしそうになり、胸に詰まってマリューは何も言えなくなる。
「キラぁぁっ…!」
不意に後ろからミリアリアがキラへと駆け寄り、トールが存在を確かめるようにキラに飛びついた。サイとカズイがそれに遅れるようにおそるおそる近付き、じゃれる3人の様子に涙を浮かべながらも笑顔を取り戻していく。
クルー達も彼らに促されるように、生還したキラを取り囲んで同じく泣き笑いのような表情を浮かべながらキラをもみくちゃにしていた。
「おまえ…っ!」
「ホントに、ホントに幽霊じゃないんだな!?」
「バッカやろう!心配させやがってぇっ!」
皆がその顔いっぱいに笑みを浮かべるのを、マリューは涙を浮かべながら見詰めていた。
「──お話ししなくちゃいけないことが、沢山ありますね」
漸く歓迎の抱擁から解放されたキラが、マリューと機体を見上げていたムウの方へと歩み寄る。
静かな口調で語るキラに、マリューは「ええ…」と頷き、真っ直ぐな視線を投じる。
「僕も、お訊きしたいことが沢山あります」
「…そうでしょうね」
離れていた間に、色んな事があり過ぎた。
心象も、感情も、まだ混乱の最中にはいるが纏めるためにも落ち着いて話す必要がある。
「……ザフトにいたのか?」
精神の鎮静化を図ったマリューの横で、キラのパイロットスーツに眼をやったムウが呟くように尋ねる。
キラはそれに頷きながらも、芯を持った声で話す。
「そうですけど、僕はザフトではありません。──そしてもう、地球軍でもないです」
続けられた台詞と意志の強い瞳に、マリューは頷いた。
あの少女のように、彼から名前で呼びかけられた瞬間から、マリューは分かっていた。彼の行動も、その瞳も、全身から彼自身の──キラの気持ちを表していたから。
「わかったわ。とりあえず、話をしましょう。あの機体は?どうすればいいの?」
「補給や整備のことをおっしゃっているのなら、今のところは不要でしょう。あれには、Nジャマーキャンセラーが搭載されています」
「Nジャマーキャンセラー!?」
「じゃ、核で動いてる…ってこと?」
「そんなもん…どうして…」
キラの搭乗機をさしてマリューが尋ねた言葉に淡々と返したキラの台詞に、クルー達がざわめいた。
封じられた核の火力は強すぎるがゆえに諸刃の剣。ついさっき核の力を用いずとも大量殺戮兵器を眼の前で見たばかりなのに──
「データを取りたいとおっしゃるのなら、お断りして僕はここを離れます」
キラの静かな声に、今までざわついていた周囲が水を打ったようにシンとする。
「──奪おうとされるのなら、敵対してでも守ります」
「キラくん…」
穏やかな瞳に映る冷たい氷のような意志が、その存在を主張するかのように現れきっぱりと告げた。
「あれを託された、僕の責任です」
「わかりました」
キラの決意を胸に受け、マリューは背筋を伸ばして真っ向からキラと対峙した。
最早2人はかつての上官と部下などではなく、人と人という対等な立場に立っていた。マリューがずっと歯がゆくも立てなかった土台に、漸く行き着くことが出来たのだ。
「機体には一切、手を触れないことを約束します。──いいわね?」
クルー皆に念を押すマリューに、キラもほっとしたように微笑む。
マリューは漸く以前のようなキラの表情を見れたことを、心の中で静かに喜んだのだった。