本編沿い


□Story26
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残された者の痛みは、きっと胸が抉れるほどの虚無感



Story26、霧散したものたち



凍り付いたようにその場を動けないアークエンジェルクルーを動かしたのは、ディン三機の接近だった。
一瞬で我に返った皆は現状回避だけを頭に漸くアラスカへと足を踏み入れたのだ。
しかし誰の頭にも達成感は浮かんではいなかった。深遠すぎる悲しみに、溺れていたから。

戦闘配備を解いて身体の力だけを抜いたマリューの下に、通信が入る。整備班からのそれに怪訝に思いながらも繋ぐが、漏らされた言葉にもっと驚く。

〈艦長から止めてくださいよォ!フラガ少佐、とにかく機体修理しろって──〉
「ええ?」
〈──増槽つけて、坊主たちの捜索に戻るって、気かねぇんすよ〉

マリューは愕然とし、立ちあがって格納庫へと急いだ。
整備士たちを促しながら自身も修理個所に張り付いているムウを見つけて、駆け寄る。

「少佐!発進は許可いたしません!整備班を、もう休ませてください!」

命じる言葉に、ムウはむっつりと言葉を返してきた。

「──オーブからはまだなにも言って来てないんだろ?」

マリューはリオンとストライクのLOST位置を人命救助と称してオーブに送っていた。
そのことをさして告げられた言葉に、マリューは顔を俯かせながらも「ええ…でも」と言葉を紡ぐ。続けようとした言葉を、しかしムウは遮って整備の手を止めない。

「艦はもう大丈夫なんだ。──なら、いいじゃねぇかよ」

ムウは自分が許せなかったのだ。守ると決めた少女を守れず、その少女が命がけで守った存在までもを失くしてしまった現状が、どうしても歯がゆくて仕方がなかったのだ。

「いえ、認めません!」
「けど、あいつら──もし脱出していたら」
「──わかります!」

頑固に留めるマリューにムウも苛立たしげに振り向くが、マリューも堪え切れずに喚く。

「私だって、出来ることなら今すぐ飛んでいきたいわ!でも、それは出来ないんですっ!」
「艦長…」

マリューの剣幕に、ムウは驚き、同時に思い出す。眼の前の彼女が、どれほどキラと由希を気にかけていたかを。

「──今の状況で、少佐を一機で出すようなことも出来ません!それであなたまで失ったら、私は由希さんに合わす顔がないわ…ッ!」

言いながら、マリューは泣きたくなった。戦場ではありふれた死を、受け入れがたいと思うのは常々だったが、こうまで否定したかったことなどあっただろうか?
まだ自分は、彼女と2人だけで言葉を交わすことも数えるほどしかしていない。あの笑顔の裏にどんなことがあったか、断片すら知らない。けれど、もし自分が彼女ならば、ムウを出すことはしないだろう。

「今はオーブと…キラくん達を信じて…とどまってください……」

消え入るような台詞は、信じたい思いと同時に受け入れなければならない事実を突き付けていた。
今の自分はあまりにも無力で、それがマリューには歯がゆかった。きっとムウも同じなのだろう。この男も、もしかしたら自分以上に、彼女──由希のことを、気にかけていたのだから。
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