本編沿い


□番外編
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出会いから、それはそう出会いから

君には他の人とは違う何かを感じたんだ──…


[きみにまつわるエトセトラ]
(Side.ニコル)


「あの…良かったら、ここ、どうぞ」

男だらけな軍隊へ通ずるアカデミーだからこそ、満員御礼状態な食堂にも納得だ。
今日は少し教官に質問があって教室に残っていたから、席がないのも頷ける。ぼく、ニコル・アマルフィはしかしそれでも何処かに席はないかとうろついたところで、鈴のような静かな声を聞いた。
その声を発した人物を見て驚く。その姿は凡そアカデミーには似つかわしくなかったし、彼女はとても有名だったから。

「え、あの、でも貴女まだ食べ終わってないですよね?」
「いいの、今日あまり食欲がないから」
「でも──」

彼女が席を立とうとするのを慌てて料理を持つ両手で止めようとしたけれど、それより先に彼女の横で凄い音を立てて席を立った猛者が居た。

「由希さん!!自分、もう食べ終わったんでよかったらここどうぞ!!」

凄い声でそう言って立ち去っていく猛者に、ぽかんとするぼく達。
その後顔を見合わせたのがなんだか面白くて、ぼくはついつい笑ってしまった。
彼女もそれに対して微笑んでくれたのを覚えている。そう、随分と綺麗に笑うひとなのだ。あまりアカデミーでは笑っているところを見かけないけれど。

「友達が多いんですか?」
「え?今の人?全然知らない人だけど」
「…それもまたすごいですね」

アカデミーの紅一点的存在である彼女であるから、きっと周りからの目は相当なのだろう。
しかし彼女はいつもそんなものがないかのように、別段普通にしている。彼女の優秀な成績も手伝って、高嶺の花のような印象がある事が成せる技なのだろう。

「あ、申し遅れましたぼく──」

彼女のことは有名だから知っているが、自分のことは知られていないだろうと切りだしたぼくに向かって、由希は静かに口を開いた。

「…ニコル・アマルフィでしょう?」

瞬間的に、政界に通じている親からの情報なのかと思ったが、続く言葉にそれが全くの誤解だということが分かった。

「たまに…視聴覚室のピアノ、弾いてるよね」

アカデミーには音楽室と云うものは存在しなかったが、視聴覚室には何故かピアノが存在する。
休み時間や放課後などを利用してその鍵盤に手を伸ばすことはあったが、まさか聞いている人が居るとは思わなかった。
驚いて彼女を見つめるぼくに目を伏せた彼女は、少しその表情を柔らかくしながら、騒音の食堂の中ぼくに一生忘れられない感想を述べてくれた。

「私──あなたの音、すき」



それからぼくらが仲良くなるのに、そんなに時間はかからなかった。
放課後の視聴覚室や、射撃の練習に付き合ってもらったりと、随分とぼくらは一緒に居たように思う。
今までの彼女は主にひとりで行動をしていたから、そんな姿に驚いた表情を浮かべる男も多かったけれど、付き合ってみてぼくは彼女には此方が似合うというのが良く分かった。

「ピアノって弾く人によって全然違うのよね、きっと目隠ししててもニコルの音は分かるわ」

いつもアカデミーでは気を張っていた彼女だからこそ、ぼくと一緒の時に肩の力を緩めてもらえることが、ぼくにとって何よりも嬉しい事だった。
紅一点な彼女は見目も美しい。しかしだからこそ、周りの狼の目が大変なのだ。彼女の側に居る前も感じていたことだったが、近くに居ると余計にそれが尋常じゃない数居ることに気付いた。
近付く男は大抵ギラギラに目を輝かせているから、高嶺の花をなんとか手に入れたいというモノローグがそのまま聞こえてくるようだ。

「だからね、私…ニコルなら平気だって思ったの」

由希の言葉に、回想と共に演じていた手を止めた。
目を閉じてぼくが弾く曲に耳を傾けていた彼女は、それに合わせて顔をあげてくれる。

「アカデミーで…周りはあんなのばかりだし、馴れ合わなくてもいいなと思ってた。でも、貴方は他の人とは違う」

彼女は大分ぼくの前でしてくれる表情が増えた。それに喜んでいたのはいつだったろうかと他愛無い事を考えながら、ぼくは彼女の優しい声に耳を傾ける。

「音から優しさが溢れてくるから。貴方なら安全、って思ったの」

笑いながら言う彼女に合わせて、演奏を再開した。
それはつまり男として見られていないのではないかと捉えられる気もしたが、彼女が言いたいのはそんなことではないということは既に知っている。
由希からの信頼は心地よくて、それがアカデミーで唯一自分だけに向けられていることを誇らしく思った。同時に少し申し訳なくも思ったので、重ねて安全そうなアスランに一度紹介したりもしたのだけれど。
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