本編沿い


□Story8
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泣き疲れて眠ってしまった由希に、ラクスは母のような視線を向けた。




Story8、深い悲しみの果てに見えるものがあるのなら




「嫌ったら嫌!」
「もうフレイってば、なんでよお!」

食堂から、甲高い少女の声が聞こえて、キラは立ち止まる。
ミリアリアとフレイが、食事のトレイを前に言い争っているらしかった。キラは止めていた足を動かし食堂に入ると、傍らにいたカズイに「……なに?」と小さく尋ねる。

「おまえが拾ってきた女の子の食事だよ。ミリィがフレイに『持ってって』って言ったら、フレイが『嫌』って…それで揉めてるわけ」

事情を聴いて再び2人に視線を向けたキラの前で、フレイは心底嫌がる様子で叫ぶ。

「嫌よ!コーディネイターの子のところに行くなんて、怖くって…」
「フレイっ!」

ミリアリアが慌ててたしなめる。フレイもキラがいることを見止めるとさすがに失言だと思ったらしい。

「あ…も、もちろんキラは別よ?──でもあの子はザフトの子でしょ!?コーディネイターって反射神経とかもすごくいいんだもの。何かあったらどうするのよ!──ねえ?」

弁解をするように再び口を開き、よりによってキラに同意を求める。
そんなこと言ったら由希はどうなのだとキラもミリアリアも思ったが、由希と話すこともしないフレイに何を言っても無駄なことだと黙ってしまう。
そんな中、ぼそっと言葉を返したのはカズイだった。

「……でもあの子は、いきなり君に飛びかかったりはしないと思うんだけど」
「そんなのわからないじゃない!」

フレイは聞く耳も持たない素早さで発言する。そのとき──

「まあ、誰が誰に飛びかかったりするんですの?」

おっとりした声が背後からかかって、キラは反射的に振り返る。そこには噂の張本人である、ラクス・クラインが立っていた。
一同はその場に凍り付く。

「あら、驚かせてしまったのならすみません。実はわたくし、喉が渇いて…それに、はしたないことを言うようですけど、ずいぶんお腹もすいてしまいましたの。あの、こちらは食堂ですか?なにかいただけると嬉しいのですけど…」
「……って、ちょっと待った!」

マイペースな彼女の言葉に、ようやく我に返った少年少女が慌て始める。

「鍵とかって、してないわけ!?」
「やだあ!なんでザフトの子が勝手に歩き回ってんの!?」
「あら、『勝手に』ではありませんわ。わたくしちゃんとお聞きしましたもの。出かけてもいいですかって……」
「で、行っていいって言われたんですか!?」

慌てふためいて尋ねるキラに、ラクスは困ったように笑った。

「それが、お返事はどなたもしてくださらなかったんですの。でも三回もお聞きしたから、良いかと思いまして…」
「それを『勝手に』出歩いてるって言うんじゃないのかなぁ」

カズイの小さな突っ込みに意を介さず、にこにこしながらラクスはフレイの前に歩み出る。

「──それに、わたくしはザフトではありません。ザフトは軍の名称で、正式には──」
「なっ、何だって一緒よ!コーディネイターなんだから!」
「一緒ではありませんわ。確かにわたくしはコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの」

やんわりとラクスは言い、可愛らしく首を傾げた。

「あなたも、軍の方ではないのでしょう?でしたら、わたくしとあなたは同じですわね?」

見る者をとろけさせるような柔らかな笑みを浮かべ、ラクスは右手を差し出した。
辺りにふんわりとした空気が流れる。しかし、フレイはその雰囲気を、一瞬にして消し去った。

「ちょっと、やだ……やめてよ!なんで私があんたなんかと握手しなきゃなんないの」

その顔には紛れもない嫌悪が浮かんでいて。少女は更に続ける。

「コーディネイターのくせに、なれなれしくしないで!」

金切声で叫ばれた拒絶の言葉に、キラの呼吸が止まる。決定的なフレイからの断絶は、このときラクスにだけでなく…彼にも、確かにつきつけられた。
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