本編沿い


□Story31
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因縁のある関係は、互いに何かを感じる。

彼と彼女が運命の連鎖の中に出逢い、彼と彼が同じ少女に惹かれたように。



Story31、思想の交錯は遠い日の邂逅



プラントからの命でパナマを目指しているザフトの潜水母艦クストーの中で、ラウ・ル・クルーゼは艦長との話し合いを済ませた後自室へと戻った。開かれたドアから入った己をただ一瞥し、状況確認が済んだら用はないとばかりに逸らされる視線に笑ってしまう。当初からこの少女は自分の立場をきちんと理解しているらしく、恐ろしいくらいに大人しかった。

『──お目覚めかな、お嬢さん?』

アラスカ近海に漂うこの鑑に戻ってすぐ、目を開けた少女にラウは問うた。普通ならいきなり危害を加えられて気を失い、目覚めた先が見知らぬ場所などという場面では恐怖しかなく、怯え、戸惑うことこの上ないだろう。しかし目の前の少女は、ラウの顔をまず見て、彼の身を包む制服で己がどこに居るのかを理解し、コックピットを見回した後、ただ静かに視線をまたラウに戻したのだ。完全に自分に委ねられたその視線に、ラウは驚いたと同時に歓喜した。それは彼の隣にいた少女の冷め切った状況判断に、酷く似ていたから。

「間もなく戦闘がはじまるよ。見たいかね?」

机の上の書類は綺麗に整頓されている。大方目の前の少女がやったのだろうとあたりをつけ、ラウは優しげな声で尋ねる。少女──フレイ・アルスターはやはり読めない瞳でただ静かに首を振った。自然とラウの口角は上がる。

「あちらこちらを引っ張り回してすまんね。が、命令なので仕方ない」

プラント最高評議会議長パトリック・ザラも、独断で押し進めていた“オペレーション・スピットブレイク”の失敗には、クライン親子とカナーバらを反逆者にしたてあげただけでは世論を納得させるのに不十分だと感じているのだろう。彼は性急に勝利を求め、地球連合軍に唯一残された宇宙への入り口であるマスドライバーを所有するパナマを落とせと無茶を言ってきた。しかしラウには、彼に対する怒りも不満もない。手を引いているのが己ということもあるが、ラウには驚くほど未来に対する執着がなかったからだ。

「…休まなくて、大丈夫なんですか?連戦続きで、お疲れでは」
「おや、私の寝首をかいて脱出でもしてみるつもりかね?」
「それほど愚かではないつもりですが」

此処では口数のそれほど多くはないフレイだが、自分の意志だけは通すことにしている。ラウは驚くほどにフレイを捕虜として扱わなかった。アークエンジェルで拘束されるディアッカを見ている分、違和感は彼女にとって甚大と言って過言ではないのだが、それに脅えていては己を見失ってしまいかねないとフレイには分かっていたから、過分に力は入れないまでも気丈には振る舞う必要があった。

「君の敬語はなんだか無理をしている感じがするね。いつもの話し方で構わないが」
「…本当に?」
「ああ、その方が私も楽しめる」

今も、ラウはフレイに自然のままを強要してきた。願ったり叶ったりではあるが、捕虜に対する態度としてはやはり誉められた態度ではないだろうに、平気なのだろうかと心配になる。隊長って責任ある立場ではないのか、と突っ込みたくなるほどには、フレイもラウに慣れてきたのだ。由希から事前にラウ・ル・クルーゼについて聞いているという面が大いに強いことではあるが。

「…分かったわ。ラウ、と呼んでも?」

今自分の命はこの男の気まぐれによって生かされているに過ぎないのだ、調子に乗り過ぎかとも思いヒヤッとしたが、案の定仮面に隠された彼の顔の下、唯一見える口元は楽しげに弛んでいたから内心で安堵の息を吐く。

「──ふ、益々、似ているな、君は」

表情こそ見えないが、ラウの口振りには時々優しさや懐かしさが混じる。それは、由希を指して、由希を思い出してのことなのだろうか。フレイには彼に聞きたいことが山ほど有ったのだが、彼が由希と自分の関係性を知らないのなら黙っていた方が得策なのか、いまいち掴めないままここまで来てしまっていた。邂逅から互いに感じるものはあったが、口に出して相手に確かめたりすることはこれまでなかったのだ。

「…それは──」
「それほどまでに、君にとって大きな存在だったかね?──由希・深山は」
「!」

意を決して口を開いたフレイの言葉を、しかしラウは遮った。目を見開くフレイに、漸く年相応の動揺を見せたと内心で思ってフッと笑い、ラウは更に言葉を続ける。

「簡単なことだよ、フレイ・アルスター。君のような箱入り娘が、しかも根っからのコーディネイター嫌いで有名なアルスター事務次官の娘が、ザフトに連れて来られて平然としていられることなんて普通は有り得ない。君の価値観は一度崩され、再構築された筈だ。儚くも強く美しい、運命を背負った少女によってね」

間違っているかい?と再度首を傾げて尋ねたラウは、非常に楽しそうに見えた。そんな彼を見てフレイは肩の力を抜き、大切な彼女を思い浮かべるように前で手を結んだ。

「間違ってなんか、ないわ──今の私を作ったのは全面的に由希だし、私、誰よりも何よりも由希が大切よ」

真っ直ぐに深遠を吐露するフレイに、ラウは仮面の下で目を細めた。口から出るのは相変わらず興味深そうな「…ほう、」といった言葉だったが、心の内ではなんとも言えない思いが渦巻いていたと言ってもいい。それはあるいは怒りかもしれなかったが、彼には言葉にする術などありはしなかった。

「………あなたも、そうなんじゃないの?」
「…そう、とは?」
「由希のこと…大切だったんでしょう?」

フレイの言葉は疑問形ではあったが、その実確信が伴われていて、ラウは少々瞠目した。まさか由希が目の前の少女に自分たちの関係を話したとは思えなかったからだ。しかし少女の瞳はあまりにも真剣で、話題が由希のことだったということも手伝ってラウの心情は喉元から零れ落ちた。

「そう…だな、大切とは、また違うのだろう」
「違う、って?」
「彼女だけは──私と同一であると、思っていた」

ラウにとって由希は、復讐の道を歩ませることにした申し子であり、隣を歩ける唯一の存在であり、己の仮面を外せる無二の居場所であった。

「私は由希の幸せを願って居たわけじゃない。復讐者たる彼女に同情した訳でも、共感した訳でもない──ただ、」

ラウは不意に由希の顔を思い出す。何だかんだと外の世界で、いつの間にか人脈をつけ、気高いまでに優しく育っていた彼女。血塗られた道が美しい程に似合い、脆弱な肉体に孕む危険にいつも憎しみを募らせていた、光とも闇ともつかない、人を惹きつけて離さない彼女。

「彼女が死んだと聞いた時──私はこの世界に復讐する者が一人居なくなったことを寂しくも思ったが、同時に安堵もしたのだよ。…これでもう、あの子が苦しむことはないのだとね」
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