本編沿い


□幕間
1ページ/4ページ



心の奥底に眠る言葉を、

どうか、どうか伝えて



[幕間、暁の光]



「由希、少し休まないと駄目ですよ」

秘密裏にオーブへと難を逃れていたぼくらがラクス・クラインからキラ・ヤマトを保護したとの連絡を受け、緊急に彼女の元へやって来て数日、由希は庭に寝かせられた彼の側を片時も離れようとはしなかった。

軍属中も寝なくて平気という香りを纏っていた彼女だが、何よりも体調に気をつけなければならないのは重傷人である運ばれた彼と、他ならぬ由希だと云うのにぼくの言うことに苦笑を零しつつも素直に聞いてくれる気配はない。普段は悲しそうにお願いをすれば大体は聞き入れてくれるのに、今回の彼女は何を恐れているのか、頑なに彼の側を離れることを拒絶する。

「由希、只でさえ貴女自分の為のチップを削っていたでしょう?貴女が倒れたら元も子もないですよ」

そうあの日──オーブで懐かしの邂逅をしたあの日、由希から渡されたのは高性能のチップだった。それを機体に埋め込んでおけば、対応するチップと共にプログラムされた瞬間に発動し、その機体同士をさも撃ち合ったかのような感触、被弾ともに爆発までを誘発するという、誰もが吃驚のマイクロチップ。しかも機体の損傷は省みない代わりにパイロットの遺伝子をセットしておけば、致命的な傷に向かってバイオセルが流出しかなりの程度で自然治癒能力と細胞復帰を促してくれるという優れものだ。

既存のものでもなければ虚構の夢でもないそれは、由希が今まで培ってきた技術を最大限に駆使して造り上げたものだというのだから驚きだ。由希のことは信じていたが、あまりに現実味も突拍子もない話にマイクロチップの性能に関しては半信半疑だったのも事実だった。
しかしどこまでも付き合ったその先で待っていたのは、五体満足特に頭部は厳重にガードされているという、原形を留めていない機体だけ見れば抱いたであろう“生存者希望なし”といった印象をまるっきり否定するものとなった。

そう、ぼくらはあの四機、ストライク・イージス・ブリッツ・リオンにその由希開発マイクロチップを埋め込むことで、あの惨劇を演じて見せたのだ。

ストライクとブリッツで一対のマイクロチップを成し、イージスとリオンでもまた同じように一対のマイクロチップを成す。第一段階の状態であるその4つを四機に埋め込む。攻撃側ストライク・イージスには剣の軌道と感覚プログラムが、受け身側ブリッツ・リオンには爆破誘発プログラムとそのポイントのダメージシャットアウト、先程も言ったバイオセルが詰め込まれていた。

一度目の対の戦闘が終わると、攻撃側ストライク・イージスのマイクロチップは段階を踏んだ進化を遂げるプログラムが成されており、二段階構造の内面にはありったけのバイオセルが詰め込まれていたのだ。(因みにバイオセルが作用するのは内臓や脳の損傷や表面の傷なので骨折など打撲系には疎く時間がかかる…まあ元々ストライクとブリッツには別個に由希がコックピット内部にパイロットを守るためだけのセーフティーシステムを取り付けていたから衝撃はそれだけでも随分と緩和される筈なのだが)

元々原形を留めない爆発を設定していたリオン・ブリッツと違って、二度目の戦闘では機体が回収されるかもわからなかったので、治癒能力特化以外にあまり出来ることが無かったようだ。
それすらも常軌を逸しているので何も出来なかったとでも言うように落ち込む由希には理解を示すことが出来ないのだが。



…マイクロチップの性能について説明をしていたら大分話が逸れて来てしまった。その段階において由希は、自身のチップからバイオセルを少し減らしてまで、彼のチップに投入したらしいのだ。(因みに何故それが分かったかと言うと軽傷過ぎるぼくに対して彼女が余りにも重傷な状態でぐったりとコックピットに座っていたからだ)
全く、自分のことにはとことん無頓着、とりあえず生きていれば良いとまで言ってしまいそうな彼女には、驚きを通り越して呆れてしまう。由希のことは大好きだが、己を大切にしてくれないのはいただけない。

「私、自分の立てた作戦でこんなに不安になったの初めて」

ぼくが随分と物思いに耽っている間に、由希は無言で彼を見つめるのをやめて口を開いてくれたらしかった。
…彼女はプラントにやって来てからずっと、自分を責めていた。彼女の計画ではキラ・ヤマトの回収はオーブが行う筈だったのだから。
一部の計画予想ミスではあるが、結果オーライと言えるくらいには良い状態だ。元々保険のような感じでクライン派へも根回しをしていた彼女だからこそ、これをミスと呼べる気は全くしないのだが。

「…由希はなにが怖いんですか?」

震える瞼で今も尚も彼を見つめる由希に、思わず近付いて問うてみる。今までにないくらい、彼女が恐れているのは、一体なんなのだろう。傍にいた時間では図れないそれが、気になって気になって仕方がない。
キュッと口を引き結んだ彼女が何も言わないのを見越して、無理に聞き出すことはせずにその冷え切った手を優しく両手で包んでみる。ベッドの隣に置いた椅子にずっと座りっぱなしの状態でいた由希は、固く膝の上に拳を置いていたのだが、ぼくの要望に拒む様子は見せずにその掌はゆっくり解かれていく。

彼女の心は今、この小さな手とは違って頑なに解かれることを拒んでいるけれど、少しでも掌の熱が伝わるようにと、柔らかく暖め続ける。


ほんのすこし、彼女の表情が緩んだ気がした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ