小説

無い物ねだりの空虚な心
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「雲雀…」

僕を呼ぶ声がした。

「ねえ雲雀」

先程から何度も、何度も。

「……」

それでもずっと無視してたら、その声の主も諦めたのか今度はずっと黙っている。
酷く耳障りな声…なのにその声を聞くと妙な感情を覚える。何度も自分を呼ぶ声は、求められていると優越感を。僕の名前しか出て来ない口には、僕だけのモノだと独占欲を。

「…何なの?」

「遊びに来ました」

僕がそう尋ねると、骸は笑顔でそう答えた。ホント、嘘くさい笑顔…。
だいたい、いつから君は遊びに来る程そんなに親密になったんだ。

「……」

「君は冷たいですねえ。僕、これでも結構頑張って来てるんですよ」

「来なけりゃいいのに」

「あ、君にそう言われるのは心外です。君が寂しがるから来てるんですよ。狼みたいな人ですけど実質ウサギちゃんですから。クフフ…」

何がクフフだ。
ウサギだなんて…あんな弱々しい可愛いだけの毛むくじゃら草食動物と一緒にしないで欲しい。

「君、もう死んじゃえば」

「…死んでいいんですか?あ、死ぬ前にちょっと時間を下さい。僕が撮った君のレア写真(寝顔からあ〜んなトコロまで)をネット上に晒してから…―」

コイツ…!そんな写真いつの間に撮ったの。

「自害するの待ってられない、僕が直々に噛み殺してあげるよ…!」

「もう…嘘ですよ、そう怒らないで。カルシウムが不足してるんじゃないですか?」

「うるさい」

「君の事を思って言ってるのに」

そう言うと、骸は僕が座っているソファーに腰掛け、僕の身体を引き寄せる。一気に縮まった距離に少しの沈黙が訪れると、顔が赤く染まるのが分かる。
何故人は恥ずかしかったりすると顔が赤くなるのか…そんな目に見えて分かる変化が欝陶しいとつくづく思う。自分の感情が勝手に相手に伝わる様な機能、少なくとも僕には必要無い。

「…ねぇ、キスしてもいいですか?」

終始笑顔だった男は、急に真剣な顔をしてそう尋ねた。こうしてると、整った顔が余計大人びて見える。
それより、キスしてもいいかなんて男に聞いた時点でこの人は人生終わりだね。それを前にして身を委ねてる僕も相当終わってるけど…。

「したかったらすればいいよ。どうぞご勝手に」

勝手にだなんて実はコレして欲しいって言ってる様なものだと思う。期待してる奴が言う台詞。
唇に感じた熱がそれを割って入り込む。舌に絡む熱…一気に体温が上がるのが自分でも分かる。溶ける様に熱い口づけは、複雑な思いを具現化したみたいに、重苦しくもある。

でもここに、お互いが求めている物は…無い。

「ん…む、くろ」

「何…?」

「好き…ぁ…ふぁ」

愛を求めているはずなのに、愛が無い。ぽっかりと空いた心を埋めるのは、その熱量だけ。
空虚な心には何も育たない。土が、水が無ければ花が咲かないのと同じ事。

群れる事を嫌った狼は、愛を知らない。自由気ままにに生きて来た猫は、愛を知る必要が無かった。
でも求める…本能が、ずっと。

「雲雀…僕も、愛してますよ」





嗚呼これが、無い物ねだりの空虚な心。










2009.09.03 Airu


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