小説
□ますます悪化
1ページ/1ページ
ベッドの端に両腕を預けて、ミーは尋ねた。
「具合はどうですかー?」
「……最悪」
ベルセンパイはそう言ってからくしゃみをした。
ここのところ、センパイは風邪で寝込んでいる。任務前のミーは、そんなセンパイのお見舞いに来ていた。
ただでさえ一人欠けているんだから、くれぐれも風邪をもらうな、と釘をさされてきた。もらわないように注意しなければ。
センパイがミーの指に触れてきた。
「カエルー、また任務?」
「そうですー。本来はセンパイとの任務だったやつですー」
「誰とになった?」
「変態雷オヤジですー。最悪…」
「ご愁傷様」
センパイに指を絡め取られ、ぎゅっと握られた。
「何のつもりですー?」
「べっつにー。単にフランに触りたいだけ」
「風邪移るんで、離してくださいー」
掴まれた手をぶんぶん振るが、まったく離れない。病人のくせに、妙に力がある。
「いや、単にお前が力ないだけだから」
「……なんで答えが返ってくるんですかねー。心の声のはずなんですがー」
「見てりゃわかるよ。俺」
「王子だし」
先回りすると、センパイはわかってんじゃん、と笑い、せきを一つ。
「ほらー。まだ治ってないんですから、寝てくださいー。離してくださいー」
「ええー」
不満げなセンパイにため息が出た。
「さっさと寝て、さっさと治してくださいよー。任務が滞るんで」
「あー、一人いないと仕事増えて、負担重くなるもんなー」
センパイがうなずいてそう発言した。
確かにそれもあるけど、そうじゃなくて。
「センパイが心配で、任務に集中できないんですー」
そう言って、ミーはセンパイの顔に目を向けた。さて、どんな表情をしているだろうか。
「………」
センパイは口を半開きにしていた。頬を見れば赤く染まっている。これは、照れてるんですかね。らしくない反応だけど。
「可愛いですねーセンパイ」
ミーはくすりと笑って、手を握り返した。するとセンパイは我に帰って、ばつが悪そうな顔をした。
「王子が可愛いわけないだろ」
「いえー、実際、今のセンパイ可愛いですー。あ、熱出てきましたよー。ますます悪化しちゃいましたねー」
センパイの額に手をやると、乱暴に払われ、握っていた手がぐいっと引かれる。
ミーとセンパイの間には、互いの息がかかるくらいの距離しかなくなった。
センパイが空いていた手で、ミーの頭の後ろを前へ強く押せば、ふたりの唇が軽く触れ合った。けれど頭はさらに前へと進まされる。軽く、なんて言えなくなるくらいに触れている。
ようやく離されたら、センパイはいつもの笑みを口に刻んでいた。
「ししっ、顔赤いし」
「だ…誰の、せいだと思って」
荒い呼吸をしながらミーが答えると、俺のせいだろ?とセンパイが言う。
センパイが調子を取り戻してしまった。これじゃあ、いつもと変わりない。
「なあ、まだ時間あるよな?出発は夜だったし」
先手を打たれ、ミーは押し黙る。逃げられなくなったじゃないか。
「……う、わっ…!」
視界が暗転して、頭と背中には布団の感触、目の前には堕王子。仮病を使っていたんだろうか。
「ずっと寝込んでてさ、王子、そろそろ限界なんだよなー」
「だからなんですかー」
「相手して」
「嫌ですー!」
ミーはじたばたとセンパイの下から暴れる。しかし効果はゼロ。センパイは、さっきも今も離す気なんてさらさらないらしい。
「悪化しますからー!」
「フランに移すもん」
「やめてくださいー!」
こんなことをしたら、ますます悪化してしまう。
中にひそむ病魔が、またミーを蝕んでいく。
あなたに溺れて、離れられなくなっていく。
完