小説

爪先が語る#
1ページ/1ページ

のびた爪…定期的に手入れをしていた頃には、いつも短く切られていた。傷付けない様に、だ。
しがみつけばお前の背に跡が残る、紅い血が滴る。それが嫌だった。
爪先を見つめながら、思考の中のお前に抱かれる。
いつでも俺だけを見る事はしなかった、その意味だってわかってる。いつか自分は死んでしまうと、そう思っていたからだろう。俺一人を愛したとしても、最期に辛くなるのは俺だって…だからだろ?
だから俺を遠ざけて、時折抱いて俺との曖昧な関係を繋ぎ止めては、また遠ざける。

「…爪、切る意味無くなったな」





「―…銀時」

「何だー?」

煙の充満した部屋に生温い風が吹き込んで、それを一掃していった。
月は雲に隠され、何の面白みも無い空は心を重くさせる。だからだろうか、いつも以上に喋らない男に…―不安を感じていた。
情事後の身体には、朱い跡が至る所に残されている。いまだ開けたままの着物も、気にする事無く寝転んでいた。

「俺、今回の仕事で死ぬかもしれねェからな」

「は?お前が?んなワケねーだろ、気味悪い嘘つくなよ」

「ククッ…嘘なんてつくわけないだろォが。本気で言ってる」

「…何でだよ」

先の不安感は確かなモノになって、俺に纏わり付く。
死ぬなんて言うな、死ぬなんて言うな、お前だけは俺の前から消えるわけ無い。そう、心の中で繰り返す。
繰り返して、何度もそう繰り返して、でも、お前は結局…―。





"嘘なんてつくわけないだろォが"





「何で死ぬんだ馬鹿野郎」

嘘をつく奴は嫌いだ、でも今回だけは嘘をついても許してやろうと思ってた(お前が生きて帰って来る事を、ただ願ってたんだ)。
だけど約束を破った事は、まだ許さない(あの時、確かに言ったのに)。
――爪先を見つめても、喪失感に苛まれるだけで…いっその事、こんな嫌味な爪なんて、剥いでやろうか。










「死ぬなよ」

「…ククッ、無理」

「死ぬなったら死ぬなアホ!」

「わかったわかった、じゃーな、銀時…」










2009.09.27 Airu


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ