メロドラマ D

□澪標 みおつくし
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妓楼に連れて来られた時の事は
良く覚えていない
流行り病で死んだという実の親の顔も
姉女郎の禿となり座敷では人形の様に行儀良く端座し、明け四つまで眠らぬ風を装う事も、折檻の様な厳しい躾も直ぐに慣れたし
いずれ花魁となり客を取らされる事も
格子越しの海と空しか知らない事も
だからちっとも哀しい事だとは思わなかった

突出しを済ませ 花魁になった時も良い客がついたし
おとなしく
口数が少ないもののその分冒し難い品格がある、と廓内でも発言力のあった馴染み客の後押しで太夫上がりもした。

質の悪いヒモや女衒と切れず、根深い前貸しに縛られる朋輩からは、親も係累もない身を恵まれている、と羨まれ、楼主からは、その理が勝った情の割り切り方を頼もしがられもした


しかし、それは淡々とした静かな諦観にも似て

どの様な仕打ちも
自分の皮膚の薄皮一枚の上を滑り落ちて行くように

痛みも哀しみも全てが何の感慨も無く通り過ぎて行く
そうやって、誰知らず自分を守りながら

いつもいつも

木枯らしになぶられる木の葉を
己の身になぞらえる程

芯からかじかんでいたのだと思う


この人を知る迄は
人の温もりを
知ってしまう前は
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