メロドラマ D
□澪標 みおつくし
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海を、見た事があるって―――?
クスクスとマナは自分を胸に抱く男の顔を見上げる
寝物語に、自分の故郷や幼い頃の思い出を語る男は多い
女の、柔らかく、撓う白い両腕にどこまでも温く包まれる時
男は、いつしかそこに`母'を偲うのだろうか
母の幼子に注ぐ崇高にして無償な純然たる愛を
今はもう、遠く隔たる幻影を、そのかいなに重ねるかの様にして
例え、それが金で贖われた娼妓の腕の中であっても
男は海軍の将校だった。その潮焼けして浅黒く引き締まった、しかし生真面目な男らしい顔をマナの腕に預ける様に
自分の生れた故郷を語った
海、なんて
此所からだって
何時だって見えますよ
この廓は港町の一画に在る。港湾貿易で栄える港によって花街も潤っていた
マナの居る妓楼も、その豊かな港湾を臨む立地を活かし、宴会に使う座敷広間は、その美事な景勝を一望に出来る事を自慢にしている
だから、海なんて珍しくもない
そう言うと
男は、優しくマナの顔を覗きこんで笑う
ここからは、海全体はみえないだろう
こんな、小さな窓からじゃ
港だって、ここは商業港で船がひしめいている
そうじゃない
もっとひろい
ほんものの海だ
マナが男の広い胸に頬を擦り寄せると
肩を抱き寄せ
あやす様に話を続ける
俺の生れ育った場所はね
田舎の小さな漁村で、でも何処からでも海と空の狭間が見えて
何時も見れる訳じゃないが、ある晴れた夕方には
太陽が海に沈む時 陽光を海に溶かし込むようにして海が黄金色に燃える時があるんだ。
綺麗で
夢みたいで
俺は
その光景がとても好きだったんだ
いつか
貴女にも 見せてあげたい
そう言って 男は現の夢の間で笑うのを、女は優しく包み込む
男は慨して女より夢見がちだとマナは思う
甘い夢をみたがる癖に、だから臆病で残酷だ