ガンダム 00 (BL)← 3.24

□【だから教えて】ロックオン×ティエリア
1ページ/2ページ



普段温厚な笑みを崩さない男が、感情のままに激昂する。
鋭い視線が自分を射抜き、低く抑えられた口調からは怒気があふれ出して。
自分を抑えることに長けた男だからこそ、己を曝け出したその姿は苛烈だった。

強い感情というのは、それだけで周りを巻き込み、感化させる力を持っている。
それが悪意であれ、善意であれ、だ。
彼の純粋な憎しみと悲しみは、周りの人間の迷いを断ち切り、新たな戦いへと赴く大きな力になっただろう。

明日からはまた、一つの目的に向かっての戦いが始まる。
全ての紛争を根絶する為の。
それはまた、自分の目的でもある。

強い風が服の裾を攫う。
それを引き寄せながら、ティエリアは夜の海を眺めていた。
夜空と海原は闇に包まれ、重力に引かれる身体を忘れれば、そこは宇宙と同じ光景が広がる。

地上は嫌いだが、夜の海はいい。
規則的に聞こえる波の音は、無音の宇宙にはない穏やかさがある。

「ティエリア」

突然、抑えた声が窺うように自分の名前を呼んだ。
振り向けば、長身の男がじっとこちらを見つめていて。

「ロックオン・・・」

ロックオンはゆっくりと砂浜に下りてくる。
その表情にいつもの笑顔はなく、常に身に纏っている陽気な雰囲気も今は鳴りを潜めていた。

「こんな所にいたのか」

どうやら随分と長い間自分を探していたらしい。
その息は少しだけ弾んでいる。

「何か用ですか」

そう問えば、緑柱石のような明度の高い瞳が自分を捉える。
そして。

「すまなかった」

深く腰を折る。

「何を謝っているんですか?」

「さっき・・・険悪なムードになっちまっただろ。俺のせいで」

「・・・貴方のせいじゃないと思いますけど」

本心だ。
彼は素直な思いを口に出しただけ。
それが自分とは異なる意見だからと言って、悪だなどと言うつもりはない。

「いや、やっぱり俺のせいだよ。今は大切な時だってのに、浅慮だった。すまない」

そう言って、今一度と腰を折った。
恐らく、他のマイスターたちにもそうやって頭を下げてきたのだろう。

激しく自分に詰め寄ってきた時と、とても同一人物とは思えないその姿に、ティエリアは視線を落とした。

彼はいつでもこうやって周りを優先する。
自分の感情を抑えてまでも。
まるで、それが己の務めだとでもいうように。

そんな彼の姿に、腹が立つ自分はおかしいのだろうか?

マイスター同士の関係を円滑にするよう配慮しながら、時には自分の意見を強く進言し、時には喉まで出かかった言葉を飲み込む。
自分に間違いがあると思えば、こうやって頭を下げるのも躊躇わない。

それは、マイスター達の中でリーダーであることを自負する彼にとって、至極当然のことなのに。
何故、目の前で頭を下げるロックオンを見て、自分はこんなにもイライラしているのだろう。

「いいえ、貴方は自分の思いを素直に言葉にしただけ。何も気に病むことなどないでしょう」

胸を刺す嫌な痛みを抑えて、そう口にしてやる。
これ以上、会話を長引かせるつもりはなかった。

「そう言ってもらえると有り難いな」

ロックオンはそこでやっと笑顔を見せた。
常にない鎮痛な面持ちだった表情に、少しだけ明るさが戻る。

ティエリアは視線を逸らし、再び海へと目を向けた。
これで終わりだと態度で示したつもりだった。
しかし。

「・・・やっぱりまだ怒ってる?」

そう言って、一歩踏み込んだロックオンに顔を覗き込まれた。

「怒ってなんか」

近付かれた分だけ後ずさりながら答える。

「いや、怒ってる」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ティエリア、俺のこと嫌い?」

ストレートな物言いに思わず目を見張れば、二つの翡翠がじっと自分を見据えていた。

「俺のこと、見てて苛々する?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「見てれば分かるさ。偽善者とか思われてるんだろうな〜って」

まぁ、当たってるかもな、と言って笑う。

その笑顔は自分を卑下するものでも、自嘲的なものでもない。
自らを知って尚、それを笑うことのできる余裕であり。

ロックオンが何故そんな事を言い出すのか分からなかった。
思わず、唇を噛み締める。
これ以上、ロックオンと話していたら、何か思わぬことを口走ってしまいそうだった。

「怒ってなんていませんよ。子供じゃあるまいし」

それだけ口にすると、これ以上の問答は不要とばかりに踵を返す。
先ほどまでの心地良さが嘘のような海辺から、一刻も早く立ち去りたかった。

「ティエリア」

強く呼ばれる。
低く響く声が自分の何かを掻き乱すようで、胸に不快感が広がる。

彼は一体、自分に何を求めているのだろうか。

・・・・・・許し?

自分が与えてやれるはずもないものを、彼は欲しているのか。

気付けば。
返したはずの踵を、再び返していた。

砂を巻き上げながら、ロックオンに歩み寄る。
その胸倉を掴み、自分よりずっと背の高い彼の唇に、自分の唇を重ね合わせた。

先ほどまで、その唇から滑らかに吐き出されていた言葉の数々。
自分を呼ぶ強い声。
こうやって塞いでしまえば、それ以上聞かずに済む。
自分を掻き乱されずに済む。

ほとんどぶつかるように押し付けた唇。
少しだけそれを離せば、ロックオンの瞳が自分を捉えて。

「ティエリア?」

「不快だ」

一言いえば。
それまで驚きだけに彩られていた顔に、何故か嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「何故笑うんですか」

「いや、嬉しくて」

「嬉しい?」

「そう、嬉しい。ティエリアの気持ちが少しだけ分かったような気がして、嬉しい」

言うなり、腰に腕が回り。

「キス、させて」

拒絶する間も与えず、そのままロックオンの唇が、再び自分の唇に重なった。
上から覆い被さるように抱きしめられる。

思わず目を見開けば、視界一杯にロックオンの秀麗な顔が映る。
斜めに重なる白い頬が、鼻先に当たった。

――熱い。

頬の温度は外気に晒されていても尚、熱くて。
その事に何故か安心する。

彼が。
ロックオンが、少なくとも見た目よりずっと冷静ではないのだと、その熱さこそが教えているようで。

上唇、下唇と交互に吸われ、思わず口を開けば、そこから舌が滑り込む。
口内を温かい舌が這い回り、時折自分の舌に絡みつけば、ゾクリとした感覚が腰から這い登ってきた。

その事に怯えを感じて腕に力を込めるが、拘束される力は少しも緩まない。
それどころか、益々強く抱き寄せられて。
何度も何度も角度を変えて、ロックオンに口付けられる。

酸素を求めて顔を逸らせば、すぐに追いつかれる。
大きな掌が頬を包み、そのまま引き寄せられればまたキスが待っていて。

嫌だと首を振っても、ロックオンはそれを聞き入れるつもりはないようだった。

「もっと教えてくれ、ティエリア。お前という人間を」

キスの合間にそう囁かれ、身体が震える。
何故震えるのか分からないまま、ロックオンの瞳を見上げた。

一瞬も逸らされることのない真っ直ぐな瞳。
それは間違いなく、自分だけに注がれたもの。

「ん・・・っ!」

もう一度と強く舌を絡め取られて。
やがて散々口内を蹂躙したロックオンが、ゆっくりと唇を離す。

「知りたいんだ、ティエリアの事」

その言葉に、ティエリアの身体がピクリと揺れた。

「もっと、知りたい」

だから。

「教えて」

大きな温もりに包まれながら、ティエリアは嵐のような感情の渦に翻弄されていた。

波の音が小さくなっていくのを、意識のどこかで感じながら。






次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ