彩雲国物語 (NL)←--.--
□【仮面】鳳珠×秀麗
1ページ/6ページ
日盛りの庭に、人の背丈より高い向日葵の花が見える。
ジワジワと鳴き続ける蝉の声。
風もなく、じっとりと身体にまとわりつく湿気に、自然と汗が滴り落ちる。
「ど・・・どうしよう・・・・・・」
暑さのせいか、目の前で起こっている出来事に、頭がなかなか反応しない。
何かしなければ、何とか言葉を発しなければと思うのだが、普通だったらあり得ないその状況に、秀麗はどうしたらいいのか判断がつきかねていた。
「黄尚書・・・だよね?」
中央でも人が滅多に通らないその場所。
四省六部から最も遠い書庫の前に、男は立っていた。
そもそも、こんな場所に人がいること自体が驚きなのだが、ましてやその人物が戸部の最高責任者とは。
秀麗は、山積みの書簡で塞がっていて使えない手の代わりに、肩口で額から滴り落ちた汗を拭う。
(どうしよう、声・・・かけたらマズイわよね、やっぱり)
書庫前の廊下に出る一つ手前の曲がり角で、既に10分以上その状態で悩み続けている。
以前からの知り合いなのだし、話しかけること自体に抵抗はないのだが・・・。
(仮面・・・着けてないし)
そう、どうしても出て行けない理由は、その立ち姿にあった。
何をするでもなく庭を眺めている彼は、幸いというかこちらとは反対側を向いている。
しかし、朝廷では朝から晩まで着けているはずの仮面を、どうやら外しているようなのである。
(紐ないし・・・やっぱり着けてないわよね)
いつも後頭部に見え隠れする、仮面を着けるための紐がどうやっても見えない。
見えるのはぬばたまの・・・と称される、見事な漆黒の髪だけだ。
いっそ回れ右して帰ろうかとも思うが、「書簡を書庫に入れ、その書庫を整理するように」という仕事を承った以上、何もせずに帰ることはできない。
ただの雑用というか、不必要とさえ思える仕事だが、御史台にいる以上は上司の命令が絶対なのだ。
(清雅にネチネチ嫌味を言われるのも癪だし)
第一、この書庫は御史台から急ぎ足で歩いて20分もかかる。
今更何もせずに帰ることは、やはりできそうにない。
(でも10分経ったけど・・・全然動く気配がないのよねぇ)
しばらく待てば、どこかに行くのでは?という甘い期待は、どうやら裏切られそうだった。
仮面を着けない黄尚書は、ピクリとも動かずに庭を眺めている。
「どうしよう・・・」
あれほど頑なに仮面を被り続ける人の素顔を、見たくないと言ったら嘘になる。
しかし、本人が嫌がっているものを無理に見る趣味はない。
安易に声をかけて、チラリとでもその素顔が見えてしまったら・・・?
それを考えると、何と言って出て行ったらいいのか、やはり考え込んでしまうのだ。
でも、このままここに居ても仕方ない。
仕事はしなければならないし、何もしなくても黄尚書がこちらへ来ないとも限らない。
(そうだ、目をつぶればいいじゃない!)
暑さの為にしばらく回転しなかった頭が、ここに来てようやく回り始めたような気がする。
見たくないなら、こちらが目をつぶっていれば済むことだ。
妙案が浮かんだことで、秀麗の不安は幾分解消される。