SLAMDUNK(ログ)

□愛を売る日
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その日は1年に1度の、まさに、お祭りみたいなものだ。


「流川くぅ〜ん」

普段より語尾にハートマーク増量中。ピンク色の声が辺り一面に響き渡る。
今日。バレンタインデイ。
お菓子メーカーの陰謀だとか言うけれど。
ちゃっかりそれに乗っかっちゃってる女子高生どもよ。
恥ずかしくはないのか。
私も含めて。

「今日も一段と取り巻きが多いよねぇ」

窓の外には、朝練を終え体育館を後にする流川くん。

「でも、どんなに囲まれても、本人は何処にいるか分かっちゃうからすごいよね」

「背、高いからね」

なんてノンキに普段と変わらない朝の会話を続ける私と友人A子。

「めんどくさいねぇ」

「ホント、めんどくさい」

「で、あんたは持ってきてんの?例のモノを」

と言って、A子は堂々と私の手提げ鞄の中をのぞき見る。
ちょっと止めてよっ、なんて野暮なこと私も言わない。だって、中には先日A子と一緒に買いに行った例のモノが入っているのだから。

キラキラと可愛らしい絵柄模様の紙でラッピングされたチョコレート。

「いつ渡すの?流川くんに」

「あー、どうしようか」

買ったのはいいけど、いつ何処で渡すかなんて考えてもいなかった私に、追い打ちを掛けるような情報が飛び込んでくる。

「ねぇっ!流川くん、チョコ受け取ってくれないんだってっ!」

入り口の扉を開けたと同時に教室中に知れ渡るクラスメイトB子の声。
ここで「え〜」と反応する女子は少なくともライバルということ。ざっと見てクラスに半数はいるってことか。

「やっぱり無理。やめる」

「どうしてよ。せっかく買ったのに」

「だって受け取ってくれないんじゃ、意味ないじゃん」

「片っ端から受け取ってくれる流川くんってのも想像できないけど」

「まぁ、そうだけど」

そもそも渡してどうなる?
渡したという事実に満足するだけではないのか?その先なんてあるわけがないし、想像もしてない。
結局はバレンタインなんて、私たち女子の自己満足なのではないの?

「はいはい、難しいことは考えない」

私の果てしない思考を停止するようにA子が割ってはいる。

「だって流川くん、私のことなんて知らないよ」

「そんなことわかんないじゃん」

「私、1組だし。部活だって剣道部だし」

話したのは1度だけ。それも確か夏服に衣替えした時期だったから、6月?!だっけ。
廊下で流川くんが教科書落としたから、私が拾って「はい、どうぞ」って。その時、流川くん、何か言ったっけ?もしかして会話は成立しなかったかもしれない。もうずいぶん前のことだから記憶も曖昧だ。
その後は、時々。体育館や学食や職員室で見かけるだけ。そう、ホントに見かけるだけ、こちらが一方的に。

「渡さないで自分で食べるってのなら、私にちょうだいね」

「いや」

それはいや。A子にあげるぐらいなら、自分で食べる。いや、流川くんに当たって砕けて自分で食べる。別に、軽い気持ちなんだから。そう、1年に1度のお祭りみたいなものなんだから。

「放課後にする」

「そう。がんばってね」

それからも、「直接は受け取ってもらえない」だの「めんどくせー」って言われただの「こっそり机の中に入れておこう」だの、様々な流川情報はその日一日学校中を駆けめぐったのだった。


そして・・・。


「あのー」

本当に奇跡的とも言える瞬間が訪れた。あれだけ群がっていた女の子達が、一人もいないなんて。いや、放課後ともなれば大半の子達は玉砕してしまい諦めてしまってたのだろうけど。
とにかく、今がチャンスとばかりに、部室へと向かう薄暗い廊下で背後から呼び止めた私。流川くんは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。その顔は、またかと言わんばかりの表情だったけど、それは一瞬で、すぐにいつもの彼特有のポーカーフェイスに変わった。

「ごめんなさい。ちょっといいかな」

「なに?」

あ、まともに声聞いたの初めてかも。いや、そんなことは別に今はよくって。

「これ、よかったら貰ってくれませんか?」

「・・・・・」

「・・・・・」

果てしない時間が過ぎたように思われた。
1時間?2時間?本当はそんなに経ってるわけがないんだけど。それぐらい長く感じられた。「いらねー」とか「めんどくせー」とか言うなら、さっさと言ってくれればいいのに、と両の手で持ったチョコを見つめながら思っていたら、突然それは視界から消えた。

「どうも」

「え?」

思わず見上げた私。そこには、さっきまで私が持っていたチョコレートとそれを持つ流川くん。

「・・・もらってくれるの?」

「もらっていいんだろ?」

「あ、うん。もちろん」

「じゃ」

遠慮なく、と言って肩から下げたスポーツバッグに仕舞い、何事もなく去っていく彼。

これは、喜ぶべきなのか?それとも彼の気まぐれか?部活の後に小腹が空くからとか、そんな理由かもしれない。

「流川くんっ!」

再び呼び止めた。振り帰った彼はさっきみたいにめんどくさそうな表情じゃなくて。

「なに?」

「私の名前、知ってる?」

「・・・名字名前、だろ」

変な奴、と一言おまけがくっついて再び彼はスタスタと歩いて言ってしまった。

これは、喜ぶべきだよね。
とりあえず、教室で待っているA子のもとへ走る。A子は何て言うだろう。
1年に1度のお祭りはまだまだ続く。




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