歌モチーフ

□リアルのない世界/小野大輔
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 昨日の放課後、ハルヒがいきなり、
「あたし思ったんだけど、この辺の不思議は警戒心が強いのよ。いつあたしたちが探しにくるか解らないから、きっと常に隠れているんだわ。だからね、SOS団が知られていないくらい遠くへ不思議探しに行きましょう! 向こうのやつらは警戒心が薄いから、すぐに捕まえられるわ」
 と言い出したので、今は電車に揺られている。
 すると、いきなり列車が急停車した。
『急停車します。お掴まりください』
 ほぼ同時に若干早口の車内アナウンスが流れる。
 途端に車内はざわついてきた。
 聞こうと思えばその全てがくっきりと聞けるが、俺はそうしない。
『ただいま、踏切直前横断がありました。安全確認が終わるまで少々お待ちください』
 そのアナウンスに、ざわつきがさらに大きくなる。
 聞きたくない。
『俺は急いでんだよ』
『早く済んでくれないかな』
 耳を塞いでも脳内に直接響くような身勝手な思いたちに、叫びだしそうになったその時だ。
 膝の上に頼りがいのある手が触れた。
 それにさえも小さくびくついてしまう俺に、その手の持ち主は、
「だいじょうぶですよ。僕が付いてますから、ほら、落ち着いて」
 顔を上げてその瞳を見つめると、柔らかく微笑まれた。
「僕を信じてください、ね?」
 うなずくことすら怖くて出来ない俺に、古泉はさらに優しく諭すように言う。
「怖がらないで。僕はちゃんとここにいますよ」
「も、う、だいじょうぶ……、だから……」
 恐怖で上手く言葉が紡げない。
 その間もずっと背中をさすってくれている手がこの上なく頼もしかった。


 そして着いた先でハルヒが目をつけたのが見るからに怪しげな占い師だった。
『あなたの未来、教えます』
 とか書いてある仮設のテーブルの前に信じられないくらいの行列が出来ている。
 そんなものに興味は無かったが、ハルヒが引っ張っていくのでちらりと占い師を窺い見ると、テレビで見たことがある顔だった。
「あ、あの人あれじゃない? 世界があと八年で終わるって言ってる人」
 そんなものにすがっている奴がこんなにたくさんいるのか。
 俺は思わず眉をしかめていたらしい。
「キョンくんだいじょうぶですか?」
 と朝比奈さんが心配そうな顔で覗き込んでいたからな。
「ええ、だいじょうぶですよ」
 せいぜいぎこちない笑顔を浮かべることがやっとだ。
「……なんか、ヘンですよね」
 いつもとは違う冷たい声に朝比奈さんを見ると、
「みんな、世界が終わってほしいみたい。そりゃあ未来なんて解らないから、不安なのも解るけど……。でも、今が未来に繋がってるんだと思わないのかしら」
「朝比奈さん?」
「あたしは、喩えあたしの存在が未来に何の影響も与えないと知ってても、この一瞬を一生懸命生きたいと思っているのに、みんなは違うのかな」
「それ、は……」
 自分もそう思っていたはずなのに、なぜだか無性に反論したくなった。
「みんな、寂しくて、自分が何を感じているのかも解らなくて……、だから、もうすぐ世界が終わるって、それを嫌だって感じることで自分を確かめているんです」
 言っていて解った。
 人間みたいに、神として君臨していた時とは違う痛みを感じることで、俺はこの世界に住んでいていい存在だと思おうとしていたんだ。
 ……解りやすい奴。
 でも、それでも、俺の望みは一つだけなんだ。
 何があろうと変わらない、この願いだけが叶えば俺は他に何もいらない。
 目を閉じて、胸に手を当てる。
 だいじょうぶ。まだここに、ちゃんとある。
 この想いがどこに向かうのかなんて解らないが、今は俺の中に存在している。
 人間じみた自分に『神』としては痛みを感じてもいいはずなのに、それもない。
 そんなになるほど、俺の中で古泉の存在は大きくなっていた。
 それを、成長と呼んでいいのだろうか。
 口元が緩むのを感じながら、俺は古泉の笑顔を思い浮かべた。




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