短・中編
□お正月(仮)
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そんなこんなを繰り返しているうちに夕方になり、一応風呂にも入った後に有希に着付けをしてもらった。あ、ちなみにもちろん風呂には一人で入ったさ。誰かさんと一緒に入ったら無駄に疲れること請け合いなんでね。
俺は黒地に桔梗の柄、ちなみに二人の感想は、
「ママ、綺麗」
「綺麗ですよ」
だから俺は男だってば。
古泉は濃い紫色に幾何学的模様、俺たちの感想は、
「パパ、かっこいい」
「……悪くない」
そして気付いた。有希の着付けは誰がするんだ。
「忘れていた」
……意外と変なところでドジっ娘なんだよな。
しょうがない。俺が知っている人で着付けができそうな人物なんてそう多くない。
携帯電話を取り出して電話帳を探すとすぐに目当ての方の番号が出てくる。便利な世の中だ。
「あ、俺です。はい、」
本人が出てくれたことに軽い安堵を覚えながら続ける。
「実はですね……着付けってできます? はい、着物のです。あ、良かった……ええ、有希……いえ、長門の着付けを頼みたいんですが……ありがとうございます。はい、じゃあ今から出ますね。え? ああ、ちゃんと説明しますよ。ではまた後で」
さすがだ。あの人に出来ないことはあるのだろうか。
有希を普段着に着替えさせた後、──もちろん私服だ──古泉も連れて外に出た。
「行くぞ」
有希を後ろに乗せ、古泉に有希の着物が入った紙袋を持たせて出発だ。
着物だから漕ぎにくいがしょうがないだろう。向こうでまた直してもらえばいい。
いつかの夏のように有希は反重力を作動させてる様子もなく普通に体重が感じられた。それでも軽いことに変わりはないのであまり苦痛にはならない。
目当ての屋敷に到着し、インターホンを鳴らすと待っていたとしか思えないスピードで
「ちょい、待つっさ!」
という声が聞こえた。パタパタと駆け寄る音が聞こえ、
「やあっ、いらっしゃい! おっ、一樹くん今日もいい男だねっ」
なんて言いながらどこまでも朗らかな先輩がどこまでも明るくやってきた。はぐらかす必要なんてないな。
「面倒かけてすいません、鶴屋さん」
「別にいいっさ!」
本当に頼りになる先輩だ。
「えーっと、有希っこを着付けるんだったね? ま、入ってよ!」
「お邪魔します」
微笑の古泉と、
「おじゃまします」
無表情な有希。
「さあさあ、こっちだよっ!」
大笑いの鶴屋さん。
「お邪魔します」
続いて俺。
緑色のぴょんぴょん跳ねる髪の毛についていくと、いつかの離れに着いた。
「有希っこの着物は? ふぅん、どんな感じになるのかな? 楽しみだっ!」
心の底から楽しみにしているような口調で、
「じゃっ、キョンくんたちはここで待っててよっ、だいじょうぶ、すぐ終わらせるさっ」
約10分後。
「一丁上がりっ!」
叫び声にも似た鶴屋さんの台詞が俺たち男子群二人の耳にも充分すぎるほど届き、すぐに扉が開いた。
「どうだいっ、よく出来たと思うよっ!」
藍色の布地に流れるような曲線が通っている。それはまるで地上に舞い降りる雪のようにしなやかで、藍色に対比する白い帯も未開の地の処女雪のように鮮やかだった。
これがまたとてつもなく有希に似合っている。
「可愛い……!」
俺が抱きついたのも無理はないと思うね。
「ママ、着物がしわになっちゃう」
「あ、ごめん」
「それにしても……似合ってますね」
古泉は一度目を細め、
「とても可愛いです」
ちょっと照れた様子の有希は、
「ありがとう」
「うふふふん、じゃあ説明してもらおうかねっ」
ええと、どこから説明しましょうか……
「キョンくんと一樹くんが付き合ってるのは知ってるさっ」
そうでしたね、クリスマスの時に鶴屋さんもいた。
「じゃあ何故有希がここにいる、というところですか?」
「そうっさ!」
「ふたりはわたしのママとパパ」
「……にょろ?」
「ちょ、有希! ……ま、そういうことです」
「詳しく説明いたしますと」
ちょうど説明好きのやつが割って入った。
「有希は僕が風邪をひいたときに彼と一緒にお見舞いに来てくれまして」
ああ、あのときは大変だった。色んな意味で。
「それから僕たちの愛娘なんですよ」
「ふぅん、へぇ〜っ」
鶴屋さんは好奇心を丸出しの大きな目で俺と古泉、そして有希を眺め、
「あの有希っこがキョンくんの娘ねぇ……」
うんっ、と大きくうなずき、
「それもありかもねっ!」
朗らかな先輩で安心した。反対されたら……ってそんなことはないと解ってたんだがな。
「キョンくん、着物乱れてるっさ! あたしがやってやろっかい?」
「いい」
はっきりと意志を持ったその声は、
「わたしがやる」
「そう言うと思ってたさっ!」