短・中編

□初恋の味
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 服を買った有希はなんとなくそわそわしているような、どうやって話を切り出そうかと思い悩んでいるような微細な雰囲気を醸し出していたが、古泉が、
「どこかファミリーレストランでも入りませんか? 実は……その、お腹がペコペコなんです」
 ファミレスを略さないのはいかにもこいつらしくて思わず笑いそうになったのだが、有希があからさまにほっとしているのが解って(といってもおそらく他人には全く解らないであろう無表情)俺はちょっと戸惑った。
「有希、何かあったか?」
 ナノ単位で目が見開かれた沈黙の後、
「……別に」
 なんとも言えない返事が返ってきた。
 答えたくない質問をぶつけられ、無視するわけにはいかないからしぶしぶ答えたというか──いや、少しニュアンスが違う。
 嘘は吐きたくないがまさか本当のことを言うわけにはもっといかない、みたいな感じか。うん、それが一番しっくりくる。
 しかしそれが解っても結局かける言葉も見つからず、
「そうか……」
 と呟くことしかできなかった。


 本当に、どうしちゃったんだろうな。


 喫茶店につき、古泉は名前からして甘ったるそうなイチゴパフェを、俺はなんとなく写真に目を引かれた生チーズ
ケーキなるものを頼んだ。
 有希はしばらく迷っていたが俺と古泉の注文を聞いて「これ」とメニューを指差した。
 チョコレートフォンデュ。フルーツのおかわり自由というところに惹かれたのかもしれない。
「すみません、ちょっと……」
 注文するのは古泉の役だ。
 無駄に物腰の柔らかいこの男は清楚な感じの女性店員を始終微笑ませ、最後に営業用のスマイルをさらにほころばせて店員さんを喜ばせていた。
 最後までその顔をキープしたままその店員が見えなくなると、
「あまり嫉妬していただけないのですね」
 はっ。笑わせるぜ。
 俺がこれくらいで嫉妬するわけなかろう。
 古泉はちょっと拗ねたように唇を尖らせ、
「なんでですか」
「だってお前の笑顔、よそ行きじゃないか」
 嬉しそうに苦笑する古泉を横目に、俺は心の中だけで付け足した。
 俺がもし嫉妬するんだとしたら、お前が俺たちの前でしか見せないあの笑顔を人前で見せたときくらいだ。
「お待たせいたしました」
 オーダーを取りに来た店員さんだ。ずいぶん速かったな。
「生クリームたっぷりいちごの甘々パフェでございます」
 びっくりするくらいの切り替えの早さで他人用の微笑を作った古泉が小さく
手を挙げ、名も無き店員さんは少しだけ意表を突かれたようだがすぐに戻り、古泉の前に生クリーム……ナントカパフェを置いた。そりゃこいつがそんな甘いもの喰いそうには見えないもんな。
「生チーズケーキのお客様」
 俺が手を挙げる前に古泉が俺に手のひらを向けた。
 最後に「失礼いたします」と断って有希の前にチョコレートフォンデュを置き、
「フルーツのおかわりは店員にお申し付けください」
 小さく礼をしてぱたぱたとまた忙しく働き始めた。
 古泉の柔和な目と有希の澄んだ瞳にちらりと目を合わせ、
「いただきます」
 三人仲良くハモるのはお約束と言ってもいいかもしれない。
 たくさんとは言えなかった果実はもちろんすぐに有希の体内に収まり、
「パパ」
 小さく呟いただけなのにこの一言で古泉には通じたようだ。
「解りました」
 父親が娘に投げかけるような笑顔──つまり今の状況そのもの──を顔全体で表現し、
「すみません」
 さっき注文の品を持ってきた店員さんが軽く驚きながら来てくれた。
「フルーツのおかわりでしょうか?」
「ええ、お願いします」
「すぐお持ち致します。少々お待ちください」
 にこりと微笑んで去っていく。
 俺はなん
となくその背中に『プロ意識』というものを感じてちょっと感心した。
 チョコフォンデュ用の細いフォークを持て余しながら有希が、
「パパ、食べる?」
「ありがとうございます」
「どれがいい?」
 先の尖ったシルバーがフルーツの大群に向いている。
「ええと……いちごがいいです」
 またいちごか。
「女性っぽい趣味だと笑われるんですがね。どうにもやめられないんです」
 別にやめる必要はなかろう。
「しかし、『機関』に属していると──」
 古泉の言葉は有希によって遮られた。
「わたしは、変なことじゃないと思う。だから……お願い、自分を殺さないで」
 こんなに必死になっている有希を初めて見たくらいの真剣な……真摯な口調だった。
 有希の言わんとすることを気付いたのか、
「あなたと有希しかいないから安心して食べられます」
 これ以上ないくらいの柔らかで優しげな笑みを広げ、中途半端なおかっぱ頭を緩やかに撫でた。
「僕は、有希とママにだけは嘘を吐かないと約束します」
「約束」
「約束です」
「……約束だ」
 なぜか3人で指切りの輪を作るという意味不明な画が出来上がり、俺はなんとなく恥ずかしくなって目を逸らした。
 今までの固い表情をマイクロ単位で和らげた有希は、
「パパ、あーん」
 古泉も照れながら「あーん」とかやっている。
 こいつ、確実に俺より親バカだ。
 むしろ有希が可愛すぎるのがいけないとも言えなくもないんだが。
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