歌モチーフ

□リアルのない世界/小野大輔
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 照りつけるような夏の日差しの下、細身の少女が懸命に泳いでいる。あと十メートル、五メートル……。その様子をプールの上から見ている母親が言った。

 薄暗い病室の中で、少年が父の手を握っている。必死で、死なないでと叫んでいるのにその声は届かず、父は緩やかに微笑むと、静かに目を閉じた。目に涙をため、それをこぼさないように唇を噛み締めている少年が呟いた。

 賑わっている十字路に車の轟音が響く。続いて乾いたブレーキ音、悲鳴。穏やかな休日の日常風景は、一気に悲劇の惨状と化した。

「神様っ……!」

 どうか、あの子を優勝させてやってください。
 どうか、お父さんの目を開けてください。
 どうか、わたしを助けてください。


 夜中に飛び起きた俺は、自嘲気味のため息をついた。
 ……こんなこと、大したことじゃない。
 一人の人間が死んだって、俺には関係ないし、救えもしない。
 ただそいつが死ぬ運命だったというだけだ。
 それなのに、なぜこんなに苦しいのだろう。
 まるで人間みたいだ。
 それなら人間らしいことをしてやるか、と手早く着替え、冷たい夜風が吹く外へと繰り出した。
 わざわざこんなことしなくても気づかれるはずがないのにお袋や妹を起こさないように慎重に足を運んだ。
 ……俺は、どこまで人間になりたかだっているのだろう。
 あてもなく歩き続けると、しんと静まり返った交差点にぶつかった。


 ふと、ある光景が脳に飛び込んできた。
 壊れた車、流れていく鮮血。
 正面衝突したらしい二台の車は大破と言っていいほど原型をとどめず、その後ろに渋滞している車からは迷惑そうな顔を隠しもせず出てくる者や、興味本位で現場に近づく者もいる。
 まるでここで起きていることが映画の撮影だと思っているように野次馬はどんどん増えていった。
 皆、他人の身に何が起ころうと関係ないと思っている。
 ……俺と、同じだ。
 実際は気になって仕方ないくせに、無関心を装っているところも。


 この世界には偽りやごまかしだらけで本当のことなんて何もない。
 こんな世界の行く末はどこだろう。
 この前の世界も同じような感じだったな。
 やはり、人間がいる限り新しい変化は望めないのだろうか。
 久しぶりに神的なことを考えていると、さっさまで俺を苦しめていた胸の痛みは嘘のように消えていた。
 それでも、この奇妙に甘くて苦いものはどうしても消せない。
 あいつ一人の為に世界を作り替えるのを惜しんでしまうほど、俺は古泉の笑顔を守りたいらしい。
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