歌モチーフ

□シアワセナリス/小野大輔
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 いつものように谷口国木田コンビと飯を喰っていたところ、いきなり谷口が口を開いた。
「いいなあ、お前はよぉ」
 何のことだ。言っておくが、この間のテストでお前だけ赤点を取っていたのは俺の努力の賜物だぞ。
「違えよ。あれはお前の得意な範囲が出ただけだ」
 負け犬は勝手に吠えてろ。
「じゃなくて、お前青春めちゃくちゃしてるだろ」
 牛乳を飲んでいた俺は危うく噴出しそうになった。
「本当いいよなぁ。あんな美少女の中に毎日いられるなんてよ、いや、涼宮が邪魔だが」
 なんだ、そっちか。驚かせるなアホ谷口。
「そうだねえ」
 国木田は飄々とした口調で、
「でも、キョンは噂が立たないよね? 誰かと付き合っているの?」
 俺は今度こそ口の中の液体を目の前の国木田に浴びせそうになった。ギリギリ飲み込んでいてよかった。


「――っていうことがあってな」
 隣にいた超能力野郎に目をやると、夕日に照らされながら相変わらずの微笑をたたえている男は笑みにかすかな苦笑を織り交ぜながら、
「それを機にカミングアウトしても僕は構いませんけどね。……こんな風に、」
 と俺の左手を握り、
「堂々とあなたは僕の愛しい人だということを主張したいのですよ」
「バカか、お前は」
 そう言うだけでは足りず、右手に持っていたコンビニ袋で殴っておいた。
 ……ちなみに入っているのは某有名菓子メーカーの一口サイズのパイだ。チョコが入っているやつ。
 本当に、よくこんな甘いものを大量に喰えるよな。
 でかい図体に似合わずちまちまかじるリスみたいな喰い方を思い出し、俺は小さく笑った。


 最初は嬉しさと恥ずかしさで照れまくっていた古泉の家に寄るという行為も慣れてしまえば当たり前の日常でしかなくなり、もしかしたらそれは幸せに近づいている証なのかもしれない。
 ああ、頭の中で思っていても口に出せない。
 そんなところが駄目なのかとも思うが、なにせ俺は人一倍羞恥心が強いたちらしいからな。
 将来はお前に尽くすから、今は俺のことだけを見ていてくれなんて言えるか!


 夜中に閉鎖空間が発生して、僕はそこに向かった。
 前よりも足取りが軽いのは、≪神人≫狩りを大して苦に思わなくなったからだろう。
 発生頻度も格段に減っているし、何よりも精神的な物が大きい。
 彼がそうであるように、僕だってSOS団のことが好きなのだ。
 それでも体力消費は酷い。
 くたくたになりながらベッドに倒れ込むと、彼からメールが入っていた。
『今電話しても平気か?』
 素っ気ない文章。受信時間を見ると、ほんの10分前だった。
 これなら僕から電話をしてもいいだろう。
 指が打ち出す番号はおそらく目隠しをしても寸分違わず再現できるのではなかろうか。
 呼び出し中のコール音さえ愛しく思いながら、彼の第一声を予想していた。
 ワンコール、ツーコール。
『ごめんな、こんな夜中に』
 その言葉があまりにも予想通り過ぎて口元が緩くなってくるのを感じながら、
「いえ、僕もあなたの声が聴きたかったところです」
『そうか、よかった。……なあ、お前最近疲れてないか?』
 その一言だけで心が満たされていくのだから不思議だ。
 ≪神人≫狩りへ行くのが苦にならないのは彼のこの言葉があるからなのかもしれない。
 僕が疲れているとき、弱気になっているときに彼は電話をかけてきてくれる。
 本当に魔法使いみたいだ。
「そんなことありませんよ」
 あなたがいるから、とは口に出さずに呟く。
『それならいいんだが……無理はするなよ。って、こんな夜中にかけて言う台詞でもないかもしれんな。……俺、お前の優しさに甘えてばっかで……、ごめん』
 彼の声を、言葉をひとつも聞き漏らしたくなくて携帯を耳に押し当てた。
 彼が甘えていると言うなら、僕はそれ以上に彼の優しさに甘えている。
 こうして電話をかけてくれることだって僕の甘えだ。


 ああ、こううだうだ考えるから駄目なんだろうな。
 でも、何があっても、ずっと彼と一緒に笑顔でいたい。
 こう考えてしまうのも甘えなのだとしたら甘えることも悪くはないかと思う。


『──絶対絶対、二人で幸せになりましょうね』
 彼に告白し、OKをもらった時に僕が舞い上がって言った言葉を彼は憶えているだろうか。
 キャラクターを演じることすら忘れ、ありのままの僕から発した言葉。
 もし願いが叶うなら、神様の前であの台詞をもう一度、きちんと伝えたいと思う。
 その時までずっとずっと大切にしますから、安心してくださいね?
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