歌モチーフ

□ノスタルジア/小野大輔
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 鏡の前でジャケットを合わせ、これではないとベッドに放り出した。
 何時間こうしているだろう。
 彼から誘われたのが一週間前だから……そのときから暇さえあればやっていたこの行為も、今日で終わる。
 ……ついに明日は、彼と……初デートの日。


 緊張しすぎて眠れない、なんてありがちすぎて笑われるかもしれないけど、実際に僕は一睡も出来なかった。
 オールナイトなんて久しぶりだ。
 正直に言えば食欲もあまりなかったが、食パン一枚を小さく千切りながら食べたら何とか喉を通った。
 顔を洗うと眠気もしゃっきりしてきた。
 柄にもなくワックスなんか使ってみたりして、気合いを入れすぎじゃないかと自嘲してみる。
 ちゃんと僕らしい表情は作れているだろうか。
 一週間練りに練った洋服を羽織り、最後に鏡で確認をする。
 やっぱりこれじゃなくてあっちのネクタイのほうがよかっただろうか。
 ネクタイを付け替え、さっきまでのほうがよかったとまた替える。
 よし、だいじょうぶ。
 気を引き締めるべく大きく息を吸って、その空気の冷たさにむせた。


 うだうだしていたのが悪かったのかもしれない。
 待ち合わせ場所の改札口に彼がいた。
 待たせてしまっただろうか。
 彼を怒らせてしまっただろうか。
 嫌われてないだろうか。
「お待たせしました」
 そんな思いが顔に出ていたんだろう、彼は笑って、
「そんなに待ってない」
 と僕の頬をつついた。
「お前、気合い入れすぎ」
「そう、ですよね……」
 少しばかりしょげかえった僕に彼はあわてた様子で、
「でも、その……、なんていうか……。嬉しい」
 最後の一言を言い終えた瞬間に火をつけたように真っ赤になった。
「ありがとうございます」
「早く電車乗るぞ」
 照れ隠しかと思って彼を見ると、意外にも本気ではしゃいでいるらしかった。
「はしゃきずきですよ」
 さっさと走っていく彼を歩いて追いかけながら、はしゃきずきなのは自分のことだと思った。


「次、こっち」
 可愛げもなく袖を引っ張る俺を、古泉は始終微笑みながら見ていた。
「あれ何だ?」
 こんなにわがままを言っていいのだろうか。
「これはですね……」
 古泉がしげしげとそのボードゲームを眺めながら解説をしている。
 何回も「僕のこと好きですか?」なんてふざけたことを抜かしている古泉の手を強引に引いても許される。
 それは今日、古泉の……恋人になった俺だけに許された特権だ。


 駅員さんに話しかけてから頭を下げ、それから頬を染めて帰ってきた古泉に俺は訊いた。
「おい古泉、何を話してたんだ?」
「これ……もらってきたんです」
 そう言って差し出したのは小さな紙切れだった。
「切符か?」
「ええ、……あなたと一緒に来れた証拠ですから」
 古泉は鞄から財布を取りだして、大事そうにそれをしまった。
「またいつか来ましょうね」
 いつも部室で見せる笑顔とは質が違う笑みに、思わず俺も微笑んでいた。


「しかし、まあ」
 今までしまっていたiPodを出しながら、
「遠くまで来たな」
「そうですね」
「これ……聴くか?」
 イヤホンの片方を自分の耳につけながら、もう片方を有無も言わさず古泉の耳に押し込んだ。
 俺たち以外は誰もいない列車内だ。恋人らしいことを少ししたって文句は言われないだろう。
 アーティストの名前は知らない。ただなんとなく声が古泉に似ていて、聴いていて心地が良いラブソングを流している。
「……………………」
 ふたりとも何も言わない。
 気が付いただろうか。
 俺がこの曲を聴かせた理由に。
 他にも色々な曲を聴いた。無駄にテンションが上がるものや癒されるもの、バラードからポップスまで何でも。
 しかし二時間の電車移動の間全てを違う曲でまかなえるほど曲をいれていたわけでもなく、古泉が聴きたいと言った最初の曲をリピートしていた。
「もうすぐ着くぞ」
 脚を組みながら目を閉じていた古泉に一応声をかけ、イヤホンを外すと驚いたようにこっちを見た。
「もうすぐ着く」
 同じことを繰り返してiPodを元々あった場所にしまう。
 隣からクスクス笑いが聞こえてきて、
「何だよ」
「いえ、鼻歌が聞こえたものですから」
 そう言うお前だって歌ってるじゃないか。
「おや……無意識なのですが」
 俺だってそうだ。
 電車を降りてからも小さな口げんかをしながら、改札まで来てしまった。


「では……また明日」
「またな」
 明日学校で会うときは今日の僕とは違う姿しか見せられない。
 涼宮さんの目があるから。
 彼はなかなか歩き出さず、消え入りそうな声で呟いた。
「帰りたく、ない……」
 寂しげに僕の袖を引っ張る彼に何も言えないでいると、
「もっと……一緒にいさせて……」
「駄目、です……」
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