短・中編
□長門有希の告白
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「どうぞ」
俺の前に朝比奈印のお茶がことりと置かれる。和むね。
朝比奈さんはにっこりと微笑むと長門の前に、ハルヒの前に……そして最後に古泉の前に……
あれ?
「古泉は?」
「うぅん……?」
ハルヒは唸るだけだし、朝比奈さんが知っていそうもない。
「長門、古泉は?」
「欠席」
ポツリと平坦な声で呟き、また読書に戻るかと思ったらそうでもなく、じっとこちらを見つめていた。
「休み? キョン行ってあげれば?」
そう言ったのはもちろんハルヒだ。
「いえ、団長命令よ! 古泉くんのところにお見舞いに行きなさい!」
「あぁ」
なんとなく雰囲気に流される感じで帰り支度をすると、まだ液体ヘリウムのような瞳が俺を真っ直ぐに見ていた。
「長門も、行きたいのか?」
「……できれば」
「え? 有希、二人きりにさせてあげなさいよ!」
「そう」
他人から見たらまるきりの無表情だが、俺には分かった。長門は一緒に行きたがっている。それに、長門ならいざというときは席を外してくれるさ。
「長門、行こう」
ブラックホールを飼っているような瞳は「いいの?」と語りかけていた。
「ちょっとキョン、あんた……」
「いいんだ」
ハルヒは釈然としないような例のアヒル口をしていたが、
「まぁ、あんたが言うなら……」
なんとなく納得してくれたようだ。
本を鞄にしまうだけの帰り支度をすませ、長門はいつの間にか扉の前にいた。瞬間移動でもしたのか。
「早く」
珍しく長門が急かすようなことを言ったので、俺は言葉通りに急いだ。
「じゃあな」
ひょいと手を挙げ、長門を従えて部室を出る。なんか頼もしいな。
「…………」
長門は実体化した幽霊のような足取りで歩いていき、俺も黙ってそれについていく。 やっぱりこいつは頼もしい。
予想通り古泉の家まで会話は一つもなく、ただ歩いているだけだった。信号に引っかからなかったのも気になるがこいつなら平気でそれくらいはするだろう。それにしてもなんで着いてきたんだろうね?
長門の提案で途中コンビニに寄り、解熱剤やらビタミンドリンクやらを買い込んだ。俺はこれくらい払うと言ったのに長門が頑として譲らないのでここは長門に払ってもらった。レジの前で喧嘩するわけにもいかないしな。
いつかのように階段を使うこともなくエレベーターに乗り、のんびりと部屋を目指した。
「なぁ長門、なんで着いてきたんだ?」
「…………」
しばらく考え込むような間が空いてから、
「来たかった」
自信のなさげな声で呟いた途端に後悔したような顔になった。
「ありがとな」
それを聞いているのかいないのか長門はひたすら前を見ていた。
エレベーターの扉が開き、釣り糸が付いているかのような足取りで古泉の部屋に向かった。
一応、チャイムを鳴らした方がいいのだろうか。
ピーンポーン……
ややあってぶつりという音が聞こえた。絶句している気配がインターホンから伝わってくる。
「開けてくれ」
カチャリと鍵の外れる音がして、パジャマ姿の古泉がドアを開けた。
「……あなた、何故……長門さんも……」
髪がボサボサの古泉っていうのも面白いな。これでも格好いいとか思ってしまう自分が悔しいけれど。
カサカサと音をたてる袋を見せ、
「お見舞い」
言おうとしたことを長門にとられた。
この宇宙人制アンドロイドは他人の家にあがることに何の躊躇いもないらしく、スタスタと入っていった。鶴屋さん宅のときもそうだったな。
古泉はというとまだ唖然としている。どうした?
「いえ……。あなたが来るのは多少予測していましたが、長門さんが……」
俺は予測済みかよ。……お前まさかこれ目当てで休んだ訳ではないよな?
「違いますよ」
確かに顔赤いもんな。ちょっと試しにおでこをくっつけてみる。
「あわっ、何するんですかっ、」
ハルヒによって拉致られた時の朝比奈さんのような反応をする古泉を不本意ながら可愛いとか思いつつ、おでこに熱を感じていた。ものすごく熱くないか?
長門が廊下の向こうで(それほど広い家なのだ)ぼーっと俺たちを見つめていた。
慌てて離れると、古泉が突然ふらりと倒れそうになった。反射的に支えるとかなり辛そうな顔をしている。
長門がつつつと歩み寄り、「38.1℃」と告げた。ついでに「早く寝かせた方がいい」とも。