短・中編

□猫と狼
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 目が覚めた。
 今までの目覚めベスト10くらいには入るような極めて爽やかな覚醒だ。その理由が昨日の運動にあったことは明らかだろう。
 頭まで布団をかぶっている古泉を起こさないようにベッドから降りると……
 頭に何か違和感がある。まるで髪の毛に微細な神経が通ったような……
 手を伸ばして頭を探ってみる。すると、何か変なものが生えている。ふさふさしていて、試しに引っ張ると痛い。
「にゃんだ、これ?」
 ……ん?
「なんだ、これ?」
 言い直すときちんと発音できる。
 この妙な違和感、さっきの言い間違い……嫌な予感しかしない。
 古泉の家も大分慣れた。大して考えもせずに三面鏡のある流しへ行き、自分の顔と対面する。よっす、俺。……じゃなくて、
「ネコミミ……?」
 としか思えないモノが突き出ている。髪の毛と同じく焦げ茶色の毛に覆われていて、力を込めるとぴくぴく動く。
「まさか……」
 ズボンの中を見ると予想通り、尻尾がついていた。ミミと同じ色、力を入れると動くのも同じだ。
 つまり俺はミミ尻尾付きの完璧なるネコになっちまった訳か。こんな状況でも割と冷静な俺にちょっと感動を覚える。
 さて、どうする? 今頼りになるのは……
「にゃ……長門か」
 うん。こいつしかいない。で、きっと原因はハルヒなんだろ。とっくに学習済みだ。
 携帯の電話帳を探すまでもなく、すっかり指が慣れ親しんだ番号を打つ。スリーコールで出た。
『…………』
「あ、にゃがとか?」
 ……。わざとらしくこほんと咳払いをして、
「長門か? ちょっと相談が……」
 長門は何も言わずに俺の話を聴いていたが、俺が全て話し終えたところで、
『そう』
「原因は、」
 何だ、と言おうとしたのを遮って、
『涼宮ハルヒがそう望んだと思われる』
 やっぱりそれか。くそ、ハルヒのやつ、何でそんなことを考えやがった。よりによってなぜ俺が猫なんだ。
『昨日の会話が原因だと推測する』
 昨日……? あいつにこんな気を起こさせる会話……

………
……


「キョン、あんた古泉くんと仲良くやってんの?」
 ……いきなり何だ。
「ええ、よろしくやらせていただいています」
 これはもちろん俺じゃない。
 団長様は指定席でふんぞり返りながらマウスをカチカチと鳴らし、
「じゃあさ、お互いを動物に喩えると?」
「猫ですね」
「何で答えなきゃならんのだ」
「いいから! 十秒以内!」
 えーと。
「カチカチカチ……」
 古泉のニヤケスマイルを見る。
「狼、かな」
 緩やかに下がっていた眉がきゅっとすぼまり、
「理由を伺いたいですね」
 なんとなくだ。
「ふふーん……出ましたっ! 二人の相性は120%!」
 どうやらネットで『新動物占い』なるものを発見してしまったらしい。作ったのは誰だ。今すぐ文句を言いたい。
 それのせいで俺たちはしばらく冷やかされることになったんだからな。


……
………

「あれか」
『そう』
「どうすれば元に戻る?」
『おそらく時間が経てば戻る』
 ひとまず安心だ。
「ありがとにゃ」
『…………』
 無言のまま切れた。
 さて、どうする……?
 とりあえず古泉。あいつも同じようになってんのか?
 寝室に戻って古泉の頭にかかっている布団を剥ぐ。
 柔らかい髪から突き出ているのはグレーの狼のミミに相違ない。しかもご丁寧にミミに合わせて髪の毛までその色になっており、更に狼感が増している。
「んん……?」
 あ、起きたか。
「おはよ」
 寝ぼけ眼に一応言っておく。
「おはよう……ございます」
 まだ自分の変化に気付いてないみたいだ。多分俺の変化にも。
 古泉は虚ろな目のまま、俺の顔を引き寄せてキスをした。
「んっ……」
 ちょ、おい、朝一番がこれか。昨日あんなに頑張ったじゃないか。
「こいずみ……」
 小さく呟くと案外あっさりと離れた。なんだ、張り合いがないじゃないか。……と思ったらまた目を閉じてすうすう寝息をたてている。
 しょうがない、しばらく寝かしといてやるか。実は昨日、古泉がそっと夜中に家を出ていったのを俺は知ってる。また神人とやらが暴れているのだろう。
 古泉が出かける度に俺が起きているなんてこいつが知ったらまた要らないこと考えるだろうから言わないが、俺は俺で結構本気で心配しているのも解って欲しい。
 無防備な寝顔を見ながら無意味に言いたくなった。
「ずっと、一緒にいるから」
 自分にも聞こえないほど小さな声だったのにも関わらず、
「ありがとうございます」
 爽やかスマイルとは対照的なニヤケ面があった。
「お前っ、いつから起きてた!?」
「あなたが言う直前ですね」
 くそ、間の悪いやつめ。
 ここで初めて異変に気がつき──絶賛絶句中とでも張り紙をしたいくらいの見事な絶句をした。
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