短・中編

□初恋の味
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 一月頃には暖かい日が続き、「今年は暖冬だぁ」とか現を抜かしていたら二月に入って平均気温をいきなり下げようかとかいう地球の目論見があったのかは知らないが、とりあえず今までの暖かさが嘘だったかの冷え込みを見せている今日はもう十日……
 事の起こりは今月のある祝日に遡る。



 いつも通り有希の家でだらだらと寛いでいると、
「ママ」
 小さな手が俺の袖を掴んでいた。
「何だ?」
「お買い物に行きたい」
 こたつで寝転がりながらハードカバーを読んでいる古泉にも顔を向けて、
「パパも一緒に」
「いいですよ、行きましょう」
 常にイエスマンの古泉はそう言ってから俺にアイコンタクトを送ってきた。「あなたも、断りはしませんよね?」みたいなやつだ。
 もちろん断るわけがない。
「ちょっと待ってて」
 着替えてくるから、と言い残して有希が立ち去り、俺と古泉だけが残された。
「いきなりどうしたんだろうな」
「いいんじゃないですか? 有希が僕たちに自分から求めることなんてあまりありませんでしたし」
 別に悪いとは言っとらん。
「そうですね」
 それにしても有希はなんで着替えるんだろう。あの格好でも充分可愛いのに。
「乙女心、ですよ」
 へっ。お前に乙女心が解ってたまるか。……確かに俺よりは詳しそうだが。
 そんなこんなをしているうちに有希の着替えが終わった。
「お待たせ」
 瞬間、今までの乙女心談義なんかどうでもよくなった。
 理由を訊くのは無粋ってもんさ。
「変、かな……」
 ちょっと恥じらうように(と言っても無表情だが)下を向いている有希はめちゃくちゃ可愛いかった。
 肩が開いた白黒ボーダーのセーターの下に黒のキャミソール、黒いひらひらのミニスカート。細い脚を包み込んでいるのはレース付きの黒ニーソックスだ。
 しかもセーターが大きめなのもポイントを高めている。何のポイントかは解らん。
「ママ?」
 ……ん、悪い。
「これはこれは」
 古泉は長い前髪を弄び、
「とても可愛いですよ」
 俺の台詞を取るなといつも言ってるだろうが。
「もちろん似合ってる。全然変じゃないしすごい可愛い」
 俺の言葉が思わず早口になったのも無理はないと思うね。
「ありがとう」
 そのまま微笑むかと思うような声だったが、まあ予想通り微笑みはしなかった。
「行きましょうか」
 古泉のニヤケ声も今回だけは見過ごしてやる。
「ああ」
 古泉はともかく、俺の格好は有希と釣り合ってない気がしたがいつものことだ。
 だいたい着替えようにもそんな服持ってないしな。


 という訳で久しぶりの3人そろっての買い物。
 有希から誘ったから借りたい本があると思っていたのだが、「図書館に行くのか?」と訊くと黙って首を振った。
「服がみたい」
 本日二度目のサプライズ。
 別に嫌な訳ではないんだが……
 やっぱりもっとお洒落してくるんだった。
「行こ」
 ああ。
 躊躇うような少しの沈黙の後、小さな手が俺の手のひらを包んでいた。俺も握り返す。
 有希はもう片方の手を古泉と繋ぎ、ゆっくりと歩きだしていた。


「これ」
 迫力に圧倒されるほどたくさんある洋服の中から有希が選び出したのは飾り気のない真っ白なワンピースだ。
「試着してくる」
 すたすたと試着室に向かい、再び俺と古泉だけが残された。
 イージーリスニングのBGMがうるさいくらいにかかり、少しは話してやろうかという俺の気遣いはあえなく崩れ去った。一応言っておくが別に残念なんて思ってない。
 しゃっ、という音がして振り向くと、
「どう?」
 どうもこうも、めちゃくちゃ可愛い。
「とても可愛いです。さすがは有希ですね」
 何がさすがなのかは解らないが可愛いのは確かだ。本当に有希は何を着ても可愛い。……こういうのを世間では親バカっていうのかな。
「買ってもいい?」
 もちろんだ。こんなに似合ってるんだし、買わなきゃ損だろう。
「待ってて」
 いつもでは考えられないくらい今日の有希ははっきり意思表示をする。何かあったのかと心配になる俺の気持ちも解っていただけると思う。
「確かに……何やら心配ですね」
 だろ?
「しかし今のところ僕たちには確信がありません。まだ、様子を見守る段階だと僕は考えます。……あなたは、違いますか?」
 妙に小難しい言葉でしゃべるな。頭が痛くなる。
「すみません。僕も久しぶりのことなので緊張しているようです」
 こんなことでは精進が足りませんね、と軽く顎を撫でる仕草さえ計算されつくしているように見えて俺は黙って鼻を鳴らした。
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