長編

□卒業旅行(仮)
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 吹奏楽部が3年の引退に向けて必死こいて練習しているラッパの音がうるさいくらいに聞こえるある冬の日のこと。
 見送る3年生も在籍していない俺たちSOS団は、来年度の心配をすることもなく、むしろ心配する暇を団長殿に与えられていないのでわざわざ気に病む必要も感じないので考えず、つまりいつものように文芸部室で寛いでいた。
「お茶です」
 見ればお茶だということは高確率で解るのだが、そこは朝比奈さんだ。可愛いから何でも許す。
「うふ。高かったんだから」
 いやもう、本当にすみません。俺には味なんか解らないんで適当に買ってくれてもいいんですが。
 最後にヒマワリみたいな笑顔を俺に投げかけてから長門、古泉の順に湯呑みを置いていき、いちいち可愛らしい動作をして俺の目の保養になってくださった。
「涼宮さん、遅いですね」
 目の前でオセロに興じていた古泉が亀のように顔を突きだし俺に訊いてきた。
「進路相談でもしてんだろ」
 あと顔が近い。
「さて、重大発表があるとのことでしたが」
 またか。
「俺は聞いてな───」
「おまったせぃ!」
 ムダなハイテンションでハルヒが来るのは何ら問題ない。いつものことだからな。
 今回少しばかり問題なのは後ろに着いてきている髪の長い先輩だ。
「やっぽー、キョンくん久しぶりっ」
 その先輩はハルヒと並んでキラキラ光る目を惜しげもなく開き、
「あたしたちの卒業旅行だけどねっ、あたしその日は都合が悪くて行けないんさ。だからっ! SOS団のみんなと一緒に行きたいなっ」
「んで、鶴屋さんのコネで格安チケットが手に入るんだって!」
 ハルヒが喜々とした顔でセリフをつないだ。
「文句無いわよね?」
 あったとしても言えない雰囲気を醸し出している。俺は無いさ。だいたい、俺の意見には耳を傾けるどころか聞こうともしないんだろ。
 一縷の望みをかけて古泉と有希、朝比奈さんに視線を送ったのだが、
「非常に楽しみですね」
「…………」
「えっ、あっ……。旅行? あたしもいいんですか?」
 ……わずかでも期待した俺が馬鹿だった。
「よし、決定! 来週の土曜日、五時に駅前に集合。遅れたら罰金、いいわね?」
 よくないといっても聞き入れはしないんだろ。
「んん、聞くだけなら聞くわよ?」
 最初から聞くだけと解っているのに文句を言う気にもなれん。だから俺は何も言わない。うん、我ながら冷静な自己分析だ。代わりに別の質問をする。
「どこに行くんだ?」
 得意げな顔でハルヒが告げたのは、世界一有名なネズミが住んでいることで有名な住所を偽装している超巨大テーマパークだった。
 アンドロメダ星雲をまとめて押し込んだような瞳をさらに輝かせ、
「もちろん泊まりよ! ちゃんとそれ用の荷物を持ってくること」


 ところで世間一般では五時に集合と言われたら午前を指すわけがないので午後だと考えるのが妥当だと思う。ましてや俺たちが行こうとしているところは夜のパレードなんかもあって午後五時でもなんらおかしくない。
 しかしよくよく考えてみれば涼宮ハルヒにそんな常識論が通じるはずもなく、夜から遊ぶなんてもったいないことからもっともかけ離れた場所で腰に両手を当てながら高笑いしているのが我らが団長なのだ。
 俺も一年近くSOS団にいたのならそのくらい気が付いても良かったのかもしれない。
 こんな言い訳じみたことを延々とモノローグしているということはつまり俺は気付かなかったのだ。何に? 決まっている。集合時間の罠にだ。
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