短・中編
□初めて
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『みくる、明日空いてるっ? あたしの家来ない?』
何度も読み返して、それこそ暗唱できるようになっちゃうくらい、あたしはずーっとこのメールばっかり読んでいた。
どうしよう。そろそろ一時間たっちゃう。
鶴屋さんの家に遊びに行ったことはもちろんたくさんあるけど、それは友達だった頃。
恋人の家に遊びに行くってことが何を意味するのかくらい、あたしにだって解ります。 今日は金曜日で、次の土日は市内探索もないってことはあたしが鶴屋さんに伝えていたことだから。
ああ、どうしようかなぁ。
迷いに迷ったあげく、あたしがやっと返信できたのは、更に二時間も経ってからだった。
いつもなら仕度に一時間もかからないんだけど、今日は三時間もかかっちゃった。
昨日の夜、ちゃんと服の組み合わせも考えて用意しておいたのにね。
それでも、髪型はどうするかとか、バックとか靴とか、昨日はクッキーも作ったから決められなかったことがたくさんあるんですっ。
だからいつもより二時間も早起きしたことに加えて、昨日の徹夜でお菓子作り、さらに緊張のせいか眠りも浅かったみたいなのに、今はぜんぜん眠くない。
……やっぱり、まだ緊張してるのかな、あたし。
そんなことを頭のどこかで考えながら、まだあまり履いたことのない靴に足を収める。
ちょっとだけヒールが高いけど、たぶん平気。
転んだりはしない……と思う。
バックも肩にかけて、玄関に置いてある全身鏡の前で最終チェック。
くるっと回ってみたり、手をあげてみたり、歩いてみたり、とにかくいろんな動作をする。
うん、だいじょうぶ。
半ば言い聞かせるようにしてドアを開けると、ちょうど鶴屋さんの車が来るところだった。