短・中編
□お正月(仮)
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有希に腕を引っ張られ鶴屋さんに背中を押され、離れに転がり込むようにして入った俺を有希が受け止め、きちんと立たせると、
「脱いで」
言われた通りにする。
まさに魔法のような手さばきで着付け、家を出る前と全く同じ状態にした。
「完成」
くいっ、と俺を見上げ、
「とても綺麗」
しわにならないように優しく抱きつく。……すごく……落ち着く。
「古泉も直してやってくれ」
かくりと頭が揺れ、実体化した幽霊みたいな足取りで出口へ向かい、
「出来た」
俺の手を引っ張り外に出して、
「次はパパ」
代わりに古泉の手を掴んで扉を閉める。
「キョンくんめがっさ似合ってるよーっ!」
いえどうも。
「ものごっつい綺麗さっ」
あなたもそれを言いますか。
やはり約十分後。
「お待たせしました」
「よっ、色男っ!」
すかさず鶴屋さんがはやし立てる。
「恐縮です」
古泉の方も小慣れた調子で返答している。
古泉は忌々しいほど様になっている動作で腕時計を見て、
「そろそろ家に帰りましょうか」
うんっ? と顔を上げた鶴屋さんは古泉の細い腕を見て一瞬不思議な顔をしてから一人で納得したような表情を見せ、
「初詣に行くんでしょっ? だったら夜までうちにいればいいにょろ!」
いえ、そこまでは……
「いいっさいいっさ!」
にゅふふ、と不敵に笑うと、
「詳しいことも訊きたいしねっ」
なるほど、それが本音か。
古泉にアイコンタクトを送ると華麗なウインクを返してきたし有希はナノ単位で頷いていたし、俺だって文句があるわけがない。
「お言葉に甘えさせてもらいます」
断る訳がないと確信していた笑顔はどこまでも鶴屋さん色だ。どんな色かなんて訊くな。俺にも解らん。
鶴屋さんはまさしく根掘り葉掘り訊いてきた。答えているのはもっぱら古泉で有希がたまに口を開いて俺を慌てさせた。
なにしろややこしいことを途中過程を省いて結論だけ言うんだ。有希、わざとやってるだろ?
鶴屋さんは話すのも話させるのもうまいんだな。気が付いたら夜になっていた。
「失礼いたします」
森さんとは違う意味でこれぞ家政婦という人がでてきた。その方はこれぞ家政婦という角度で腰を折り、
「お食事のご用意が出来ました」
俺たち三人に向き直り、
「そちらのお客様の分もご用意させて頂きました」
「お、さんきゅっ! 相変わらずチミは気が利くねっ」
「恐れ入ります」
居間に着いた俺たちは驚いた。……まだまだ俺も甘かったようだ。鶴屋さんは毎日こんな食事をしてるのか?
「今日は特別さっ」
異常に広いスペース、そのテーブルのあちこちでぐつぐつ煮え立っている鍋からはめちゃくちゃいい匂いが立ち込めている。
「…………………………………」
この三点リーダは有希と古泉と俺の分だ。といっても有希は驚愕とよりもいつも通りの無言と言った方が適切かもしれないが。
「さあさあっ、食べるっさ!」
言われなくてもそうします。こんな美味しそうな食事を見せられておあずけが出来るほどよくできた人間じゃないのでね。
「いただきます」
家でそうしているように三人仲良くハモって食事開始の合図。
「よっ、幸せ家族!」
……改めてそう意識すると照れる。
といっても照れているのは俺だけで、古泉には照れるという概念がないらしく有希は目の前のご馳走を口に運ぶのに精一杯で多分聞こえてない。
「いやぁ、実によくできた味付けですね」
お前は素直に誉められないのか。
「…………」
有希、喰い過ぎだ。少しは遠慮というものも教えなきゃだめかな。
まあ有希と鶴屋さんがいた時点で解ってはいたんだが無限とも思えた鍋物がついにゼロになったときにはさすがに驚いたね。
この二人は何を食べたら満足するんだろうか。特に有希。
「ごちそうさまでした」
意識しなくても揃ってしまう声に恥ずかしさと共に少し喜びも感じる。
「さっ、そろそろ行くにょろ?」
「へっ?」
あ、なんか変な声出た。
「まだ早いんじゃありません?」
言葉を引き継いだのは古泉だ。
「えー……十時、だな」
腕時計を見た俺を鶴屋さんがニヤニヤ笑いで迎える。ん? 俺変なことしました?
「べっつにぃ〜?」
うちの妹のような調子っ外れなリズムでまだ唇を弧の形に歪ませている。
澄んだ深海のような声が、
「あの神社は混む。早い方がいい」
それに、と二の句を継ぎ、
「パパとママが一緒なら退屈はしない」
確かにな。
「それもそうですね」
「では」
まだニコニコしている鶴屋さんに向かって頭を下げてから、
「よいお年を」
「ははっ、よいお年をっ! ……キョンくん」
最後に言った言葉はきっと俺にしか聞こえていない。
「腕時計、似合ってるよ」
顔の温度が急速に上がるのを感じながらも、
「ありがとうございます」
本当に、この方には一生敵いそうもない。