荒磯老人ホーム+WA


□梅雨の怪談
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「そんなこと言ったの?あいつら。」

荒磯老人ホーム管理人こと桂木和美は、孫が淹れた渋茶をすすり、フーっとため息をつく。

「そーよ。オバケが入ってくるから、窓が開かないように釘で打ち付けたってんですって、ここの職員が。ホントなの?」

桂木のぞみは、祖母が「フン。」と鼻の先で笑うであろうと予想していたが・・・それは裏切られた。

「まぁ、確かに、あの部屋は・・」と、神妙な声で祖母は呟く。

「思わず、そうしたくなる不吉な話が有るからね・・・」

「マジでっ!!?」

のぞみは、驚嘆の叫びを上げた。

久保田の話なんか端から疑っていたのだから。

「私はてっきり、久保田さんと時任さんが、どーしよーもない夜間無断外出の常習犯で、職員が強行手段として、窓が開かないようにしたんだと・・・」

「ああ、もちろんソレもあるわよ?」

「・・・やっぱり。」

「でも、久保田くんが言った話も本当。」

「え・・・・」

「聞きたい?」

和美の問いかけに、ゴクッと生唾を飲む。

「やめとくわ。 今夜、初めての夜間見回りだし・・・」

巡回してる時に思い出したりしたら、たまらない。

「あら、そぉ?」と残念そうな和美。

「じゃあ、気を付けてね。 特に、こんな雨の日は・・・」

祖母の含みを持たせた口調にビビりつつも、のぞみは事務員モードで切り返す。

「管理人さん。職員の勤労意欲を削ぐような発言は慎んで下さい。」

「知っておいた方が、『怖い目』に遭わないで済むと思うんだけどなー?」

ぞぞぞぞぞッと全身に悪寒が走る。

と同時に、のぞみの足が走る。

祖母の足もとに脱兎の如く。

「おおおおしえてちょーだいッ、おばあちゃんッッ」

「管理人さんとお呼び。」


**********


そして、夜も更け。

荒磯老人ホームは消灯時間を迎えた。

「ねぇ・・・本当に、こんなんで幽霊除けになるの?」

「あらv 似合うわよ〜のぞみっ」

そこには全身を包帯でグルグル巻きにし、ミイラに扮する孫娘の姿が有った・・・

「オバケだって、オバケが怖いのよv これで安心。 では、消灯後の見回りよろしくねv」

「ただのコスプレじゃない、これ・・・」

果たして、桂木のぞみが懐中電灯を持って館内を回ると。






「ぎゃあああああああああッッ!!!!」






のぞみの甲高い声が館内を震わせる。

「うーらーめーしーや〜」
「おーばーけーだーぞー」
「ヒュー・・・どろどろどろ・・・」

薄暗い廊下のあちこちに、オバケに扮した入居者のご老人たちが屯していたのだった。

「なによッ! これーーーーッ!!?」

半泣きで走りまわるのぞみ。


その頃、時任老人も自室でオバケの仮装に精を出していた。

のぞみの悲鳴を聞きつけ、ワクワクした声で同居人を振り返る。

「久保ちゃん、始まったぞ?」

「うん、毎度お馴染みの新人歓迎会ね?」

荒磯老人ホームでは、新人職員が初の夜間見回りを行う日、歓迎会と称して「オバケ仮装大会」を催すのである。

「桂木からの連絡聞いたか? ミイラの仮装してンのが、のぞみだってさ。」

時任は、嬉々として、両手両足に、獣化した手足を嵌める。

「狼男、完成っ!! 行くぞ、久保ちゃん!」

「んー・・・」

久保田老人は、雨の降りしきる窓の外を眺めている。

「久保ちゃんてばー」

「・・・・・」

ただ一点を見つめる久保田の目の前に、白い仮面が突き出された。

「ほらッ、ジェイソンの仮面着けろって」

「はいはい。」


**********


「ぜぇぜぇ・・・」

肩で息をしながら、桂木のぞみは懐中電灯で周囲を照らした。

「もう、いない・・・わね。」

やっと事態が飲み込めてきた。

祖母のあの思わせぶりな態度は、このイベントのための前振りだったのか!

のぞみは、忌々しく悪態をつく。

「覚えてらっしゃいよォ〜〜〜ッ、この借りは必ず返すんだからッ!!」



『そう・・・この借りは返す・・・』



「え?」

ふと、背後に気配を感じて振り返ると・・・

「やだ!!どこから入ったんですかーっ!?」

若い男が、青白い顔をして、廊下の隅に立っていた。

「入居者の御家族の方ですか?」

『・・・・・・』

男は黙っている。

眼鏡をかけた痩せ形の、かなり綺麗な顔をした男だった。

ちょっと目つきがカタギっぽくない人だな〜と思いつつ、桂木のぞみは言葉を続ける。

「もう時間も時間ですし、面会なら明日にしていただけませんか?」

『・・・ぼ・・・た』

男が何か言ったが、よく聞き取れない。

「えーと? お住まいは? 遠方からお越しなら宿泊施設のご案内も致しますけど。」

『く・・ぼた・・・久保・・・田・・は、どこ・・・だ・・』

「久保田さん?」

久保田には親類がいないはずである。

どーゆー関係なのかしら? まさか、隠し子・・・いや、隠し孫・・とか?

『・・・おしえろ・・・』

男はスーーーっと、足音もさせずに近寄ってきた。

「ちょっ・・・!距離が近過ぎますってば!!」

相手の綺麗な顔にドキマギしながらも、押しとどめようと「手」を伸ばした時、後ろで時任の声がした。

「あれー?どこだ?・・・・おーいっ、のぞみーっ。脅かしてやるから、出て来ぉーいっ」

「時任さん?」

声のする方を向り返ったのぞみ。
彼女の伸ばされた「手」は・・・男の身体をすりぬけていた。

そんな事には全く気付きもせず、のぞみは時任に呆れ顔を向ける。

「消灯時間、過ぎてますッ、お部屋に戻って下さいね?」

「へいへい〜、その前に。」

時任はオドケて両手を上げて「がおーっ」と狼男のコスチューム・プレイを始める。

初っ端に拝めば驚いたかもしれないが、散々他の老人たちのコスプレに付き合わされ、いい加減免疫ができていた。

「やめて下さいよー、お客さんの前で。アブナイお年寄りがいると思われますよ?」

「お客さん? 何言ってんだ、お前。」

「え? いるじゃないですか、ここに。」

のぞみが指さす方には誰もいない。

「寝ぼけてンのか?」

「失礼ですねーッ!!」


賑やかなやりとりを続けていると、久保田がやってきた。

「時任ぉ、いるんでしょ?」

「あ、久保ちゃ・・・」

「きゃあああああああッ!!!!」

悲鳴を上げたのは桂木のぞみだった。

それも無理からぬことで、久保田はジェイソンの仮装に加えて、ベッタリと返り血が付いたシャツを着ていたのだった。

「リアル過ぎですッ!!久保田さんッ!!!」

「ーーーーーーー」

瞬時に、宙を睨む久保田。

「久保ちゃん?」

時任が、何かを察して声をかける。

久保田は微動だにしない。

「あの・・・久保田・・さん?」

おもむろに仮面を外した久保田の顔は、いつもとは別人のようだった。

「やってみなよ・・・」

そう呟く久保田を見て、のぞみは心底ゾッとした。

久保田さん・・・怖い・・・


オバケよりもヤクザよりも、ずっと怖い笑顔だった・・・


久保田と対峙しているであろう、若い眼鏡の男・・・そちらを向いてみたいが、足がすくんで動けない・・・

何だか、振り向いてしまったら全てが終わりな気がする・・・


そこで、時任が場違いなほど呑気な声で、こう言った。

「あ〜あ。また『ちゃむ』かよ? いい加減しつけぇーんだよ、お前。」

ひいいいいいいいッッ!!!!

のぞみは霊気が高まる気配を背後にまともに感じ、声にならない悲鳴を上げる。

どーして気がつかなかったのだろう・・・この人・・・この人は・・・っ!!


恐怖と混乱が頂点に達した時、キィ・・・キィ・・・と微かに金属の鳴る音が響き、またもや緊張感に欠ける声が。

「ちゃむーっ、また久保ちゃん先輩にケンカ売ってンだべか?」


「りゅっ、りゅっ、りゅうのすけさんっっっ!!!」

桂木のぞみは、必死に車椅子の老人に駆け寄った。

その膝に縋りつき嘆願を始める。

「しししししってる方ですかッ!!?やややややめやめやめやめさせてくくくださいいいッ」

龍之介は、パニックを起こしてるのぞみの肩をにこやかにポンポンと叩き、ちゃむと呼んだ幽霊にこう言った。

「なあ、こんなコトしに来たんじゃねーべ? 来いよ、ちゃむ。修司も待ってる。」


『・・・・・』


「お前らなあ・・・」と呟く時任。

「同窓会すんなら、前もって言っとけって。 コイツみたいに見えるヤツがビビるじゃねーか」

「前もって言われても、ビビりますッ!!!」のぞみの顔は涙と鼻水でグチャグチャである。

時任は「ちゃむ」が見えないらしい。

「ちゃむ」がいるのとは全く違うところを指差し、

「こいつ、木場治ってんだ。通称ちゃむ。 龍之介のマブダチなんだけど運悪く早死にしちまって。」

『ああ・・・久保田のせいでな・・・』

恨めしそうな顔を久保田の方に向けるが、龍之介が現れた為か、先ほどの禍々しい霊気は薄れている。


「早く来いって、ちゃむ。修司のヤツ一人にしとくとよー、また浮遊霊とガン飛ばし合って、部屋中散らかすべ?」

・・・それって、ポルターガイスト・・・?

修司っていう幽霊も来てるらしい・・・


「じゃあ、ま。 そーゆーことでっ、年に何回か、こーやって集まるんで、ヨロシクっす!」


じょーだんじゃないわよッ!!!!!

立ち去る車椅子の龍之介の背中を見つめ、のぞみは心の中で絶叫した。

幽霊の訪問って、何ッ!!? しかも来るの深夜でしょーッ!!? 面会時間とっくに過ぎてンですけどッ!!

おまけに、好みのタイプーって思ったら怨霊って、何なのよッ!!?

「どーせイケメン呼ぶなら、生きてるのにしてよねッ!!?」


「のぞみー。声に出して言ってんぞ? お前。」

「だって、だってさッ、老人ホーム勤務なんて、ただでさえ出会いが少ないのにーッ! 一瞬でも幽霊にときめいちゃってバカみたいじゃないのーッ!!!」

「そっか・・・ちゃむが生きてりゃ、その孫とイイ感じになれたかもなー?」

「時任さん・・・龍之介さんって、お孫さんいないんですか?」

「どーだったかな? 聞いといてやるよ」

「お願いしますーっ。いるといいなぁ・・・」


賑やかな二人のやりとりを背中で聞きながら、久保田は窓の外を眺める。

「どーした? 久保ちゃん」

心配して近付いてきた時任の肩に手を回す久保田。

「いや・・・なんでもない。」

はぁ〜やれやれ・・・・と内心でツッコむ桂木のぞみ。

イイ年こいた爺さん同士が寄り添ってる図って・・・普通は気色悪いはずなのに、なんでこんなに艶っぽいのかしら〜・・・

認めたくはないが、つい仲の良さに見とれてしまう。

肩を抱き合うように並ぶ二人の姿が窓ガラスに映っている。

のぞみは、ハッとした・・・・・・ガラス窓に映る顔が、ひとつ多い・・・

まだ十代に見える若い男の顔だ。 口元と額には絆創膏が貼られていた。

その顔は穏やかで、切なさと嬉しさが混じった様な微笑を浮かべ、久保田と時任をジッと見つめている。


ふいに久保田が、呟く。

「・・・俺の痛みになるヒト・・」

「? なんか言ったか、久保ちゃん。」

「別に」


のぞみは、その光景を怖いとは感じなかった。

男の顔は、安心したような愛おしむような笑みを浮かべると、スゥっと窓ガラスの上から消えて見えなくなった。

辺りには静かに雨音だけが聞こえていた。



≪終わり≫
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