荒磯老人ホーム+WA
□泡沫
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モグリが言っていたとおり、その老人は公園のベンチに一人で座っていた。
後ろから見ると、くたびれたベージュのトレンチコートから、白髪頭がマッチ棒のように覗いている。
俺の足音に気がつき、振り返った老人は、そのまんま目玉が飛び出んじゃねーのかと思うくらい、大きく目を見開いて、こっちを見た。
恐らく、俺も全く同じ表情をしていたに違いない。
老人は可笑しそうに口の端を上げ、目尻を垂らした。
俺もそれに習って、破顔一笑。
お互い、しわだらけの顔を突き合わせて笑った。
「葛西さん…生きてたのかよ」
「ああ…
あの世で待ってる奴も居ねぇしな。」
「居んだろ、一人くらい。」
「…そう、だな。」
煙草をくわえる横顔は、誰の事を思い出しているのか。
懐かしむように葛西さんの目が細くなった。
どんな人を思い浮かべているのか、すげー気になった。
やっぱ女…の人かな。
「けど…」
「けど?」
復唱して先を促す。
「ホントに待ってんのは、弟の俺じゃなくて…
息子の誠人だろうなぁ」
俺は心の中で呟く。
葛西さんの姉ちゃん?
そんで…久保ちゃんの…母ちゃん?
今更ながら、久保ちゃんと葛西さんが甥と叔父の関係である事を再確認した。
そーいや、似ている…かな、なんとなく。
「嫌われてンのかもしれねぇなぁ…」
久保ちゃんに似た横顔が呟いた。
「あ?」
「未だに迎えに来てくんねーってことはよ。
『お前は、こっちには来んな』って事だろ。」
そう言って久保ちゃんに似た人は寂しそうに笑った。
「ちげーだろ。」
「ん?」
「迎えに来ねーんじゃなくてさ、実は葛西さんが、まだ、あっちに行きたくねーだけじゃんか。」
「…………」
「なあ、ホントに姉ちゃんが迎えに来ても、フラフラついて行くなよ?おっちゃん。」
「時坊…」
「さみしーじゃん、そしたら。」
「さみしーって柄かよ。」
「だって、葛西さんだけだぜ?
俺のこと、ジジイになっても「時坊」ってガキ扱い出来ンの。」
笑いながら紫煙を吐く葛西さんを眺めていたら、無性に久保ちゃんの顔が見たくなった。
「じゃあな、おっちゃん。
また会おうぜ。」
「おう、次は仕事抜きでな。」
俺はモグリからの預かりものを葛西さんに手渡し、東湖畔で待つ久保ちゃんの元に向かった。
すっげー抜けるような青空が眩しくて
何だか涙が出そうだった。