荒磯老人ホーム+WA


□泡沫
1ページ/1ページ


モグリが言っていたとおり、その老人は公園のベンチに一人で座っていた。

後ろから見ると、くたびれたベージュのトレンチコートから、白髪頭がマッチ棒のように覗いている。

俺の足音に気がつき、振り返った老人は、そのまんま目玉が飛び出んじゃねーのかと思うくらい、大きく目を見開いて、こっちを見た。

恐らく、俺も全く同じ表情をしていたに違いない。

老人は可笑しそうに口の端を上げ、目尻を垂らした。

俺もそれに習って、破顔一笑。

お互い、しわだらけの顔を突き合わせて笑った。




「葛西さん…生きてたのかよ」

「ああ…
あの世で待ってる奴も居ねぇしな。」


「居んだろ、一人くらい。」


「…そう、だな。」


煙草をくわえる横顔は、誰の事を思い出しているのか。
懐かしむように葛西さんの目が細くなった。

どんな人を思い浮かべているのか、すげー気になった。
やっぱ女…の人かな。


「けど…」


「けど?」

復唱して先を促す。


「ホントに待ってんのは、弟の俺じゃなくて…
息子の誠人だろうなぁ」


俺は心の中で呟く。

葛西さんの姉ちゃん?
そんで…久保ちゃんの…母ちゃん?


今更ながら、久保ちゃんと葛西さんが甥と叔父の関係である事を再確認した。

そーいや、似ている…かな、なんとなく。


「嫌われてンのかもしれねぇなぁ…」

久保ちゃんに似た横顔が呟いた。


「あ?」


「未だに迎えに来てくんねーってことはよ。
『お前は、こっちには来んな』って事だろ。」

そう言って久保ちゃんに似た人は寂しそうに笑った。


「ちげーだろ。」


「ん?」


「迎えに来ねーんじゃなくてさ、実は葛西さんが、まだ、あっちに行きたくねーだけじゃんか。」


「…………」


「なあ、ホントに姉ちゃんが迎えに来ても、フラフラついて行くなよ?おっちゃん。」


「時坊…」


「さみしーじゃん、そしたら。」


「さみしーって柄かよ。」


「だって、葛西さんだけだぜ?
俺のこと、ジジイになっても「時坊」ってガキ扱い出来ンの。」


笑いながら紫煙を吐く葛西さんを眺めていたら、無性に久保ちゃんの顔が見たくなった。


「じゃあな、おっちゃん。
また会おうぜ。」


「おう、次は仕事抜きでな。」


俺はモグリからの預かりものを葛西さんに手渡し、東湖畔で待つ久保ちゃんの元に向かった。


すっげー抜けるような青空が眩しくて


何だか涙が出そうだった。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ