荒磯老人ホーム+WA


□入院
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9月上旬のある日。

久保ちゃんが、入院した。

俺のせいだ・・・俺の。

青白い顔で、がっくりと肩を落として項垂れる時任老人に、病院の医師は穏やかな口調で告げる。

「まぁ、何しろ御高齢ですから。 くれぐれも無理はさせないようにして下さい。」

「・・・・」 俺が・・無理させたから・・・俺が・・・

時任の両の目は涙に滲んでいる。

久保ちゃん・・・久保ちゃんに、もしもの事が有ったら・・・俺は・・俺はっ・・・・




「あ〜ッ、もう! 辛気臭いんだからッ!!」

深刻に俯く時任の背後で、桂木和美が大声を張り上げ、淀んだ空気をなぎ払った。

「大体ねッ、いい歳して、誕生祝いに48手オール・チャレンジなんかするから、こーなるのよッ!!」

・・・・・・・・・・・・

「おばあちゃん・・・そんな大声で言わなくても・・・」

老女・和美の横で、孫娘・桂木のぞみが、たしなめるが、効果は全く無い。

「年齢を考えなさいよッ、年齢をッ!! 腹上死でポックリ逝かなかっただけ幸せよッ」

「あ、その心配はないですね。」と穏やか〜に所見を説明する医師。

「循環器系は全く問題ないです。 いやはや、久保田さんは丈夫な心臓をお持ちですねぇ。」

「ええ、忌々しいほど丈夫な心臓ですから。」

「おばあちゃん・・・」

「えー。 説明続けて、よろしいですか?」

「すみません、お願いします。」

孫娘・のぞみが先を促す。

「所見は、腰部の疲労骨折。 まぁ・・・その、いわゆる動かし過ぎ、ですね? 入院期間は回復の経過を見て判断しますが、単純骨折ですし骨密度も問題ありませんので、さほど長くは掛らないかと。」

「なるっべく長く預かって下さい。」

「おばあちゃん・・・」



そこへ、処置室で腰にギブスをあてがわれた久保田老人が、ストレッチャーで運び出されてきた。

「久保ちゃんッ!!」

駆け寄る時任に、久保田はバツの悪そうな表情を浮かべ、こう言った。

「ごめんね、時任・・・48手、全部してやれなくて。」

「俺の方こそ、ごめんっ、久保ちゃん! あの時、俺が鳴門●●アンコールしてなきゃ、オールクリアーだったのに・・・」


「・・・・・・あと一手でオールクリアーだったんですか・・・・お盛んですね・・・」

和美ものぞみも、医師の台詞に、返す言葉も無い。

「・・・・あんな調子ですから。 退院したら、新規巻き直しで、またイチから始めちゃうと思うんで。完全に骨がくっついて蹴飛ばしても大丈夫、になるまで預かって下さい。」

「承知しました・・・」

こうして、和美の要求どおり、長めの入院期間が定まった。



病室に通され、ベッドに移された久保田老人。

こうしてみると、年相応に老いて見え、痛々しくさえある。

「久保ちゃん・・・毎日、見舞いに来るから。」

久保田の手をギュッと握りしめる時任。

「いいよ、無理しなくても。 往復、結構大変っしょ?」

「久保ちゃんのためなら、何時間かけても通うからッ」

「時任・・・」

「久保ちゃん・・・」

爺同士の語らいとは言え、お互いを労り合う麗しい光景に、思わず看護婦も絆された。

「あのー、よろしければ、付添ということで、患者さんと御一緒に泊まり込みもできますが・・・・」

「「看護婦さんッ!!!」」

和美とのぞみがダブルで突っ込む。

「「そんなコトしたら! こいつら、病院だって構わずに、毎晩ヤりまくりますよッ!!?」」

「・・・・・・・」

何だか、とんでもない患者が入院してきたようだ・・・・

久保田を収容した病院に嵐の予感が駆け抜けていった。


≪続く≫
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