荒磯老人ホーム+WA


□梅雨の怪談
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ザーーーーー


真夜中の雨に、ゆっくりと意識が覚醒する。

じっとりと陰鬱な湿気を帯びた空気と、幾分、神経に触る雨音。

こんな夜だったなぁ・・・

遠い、遠い昔の。
忘れられない記憶が蘇る。




『久保田さん・・・』




ふと、幻聴が聞こえる。




『久保田さん・・・』




無意識に、傍らに眠るぬくもりに手を伸ばしていた。




『・・久保田さんは・・』





大丈夫。
コイツは、まだ此処に居る。

眠る時任の手を握り締めた時・・





「久保田さああああんんんっっ!!!」





幻聴ではない声が窓の外から聞こえた。


「ん・・何? 久保ちゃ・・・」


そろそろと目を開けた時任が窓の外に見たものは・・・・・・







ぎゃあああああああッッッ!!!








老人ホームじゅうの窓ガラスを震わせて、時任の悲鳴が全館に木霊する。




バン・・・



バン、バン!




窓ガラスを濡れた手で必死に叩いているのは、藤原老人。

「久保田さああああんん・・・

中に入れて下さああああいい・・・」


濡れているのは手だけではなく、髪も顔も服も、とにかく全身である。


「・・・ビクったァ〜〜〜・・・・見えちゃなんねーもんが、見えたかと思ったぜ。」

「よかったね」

「何が?」

「見えたんじゃなくて」

「ん・・・まぁ、な。」



「ちょっとォ!!僕のこと見えてるんでしょおおおッ!?入れて下さいよぉぉ〜」


「ん〜・・・入れるのは時任にだけって決めてるんだよね〜」

「久保ちゃん・・・そっちの意味じゃねーと思うぞ?」

「あら、そぉ?」


可哀想な藤原老人が(老人ホームの)中に入れてもらえたのは、それから数十分後だった。



********************




「へぇーっくしッ!!!」


一階の事務室で暖を取りながら、藤原老人は盛大にくしゃみをした。

鼻水を垂らしながら「信じられませんよ〜」と文句を言い始める。

「この僕が梅雨寒の空の下、凍えて嘆願してるってゆーのに、時任さんってば宿直の事務員さん呼ぶのに、どんだけ掛ってンですかっ」

ケチつける時だけ俺を名指しかよ。

カチンときた時任老人は「そりゃー悪かったなっ」と返しだす。

「桂木の孫を呼びにいったら、爆睡しててなかなか起きなかったんだよっ」

「だったら! とりあえず窓開けて、部屋の中に入れてくれたって、いいじゃないですか〜っ」と藤原。

「時任さんの魂胆は分かってますよ?この、年老いても美しい僕を妬むあまり、外で雨に打たれて風邪でも引けばいいと思ったんでしょう?」

「バッカじゃねーの?自分が美しいって妄想から早く目覚めろ。」

「妄そ・・!!? 他に言うこと無いんですかッ!?」

「バカは風邪引かねぇ。」

「キィーーッ!!!」





「はいはい。じゃあ、俺が代わりに言うけど〜」と久保田老人

「部屋の窓開けて、藤原を中に入れたら、濡れるじゃない? 絨毯が。」

「酷いッ! 久保田さんッ 僕より絨毯が大事なんですかっ」

「うん、そーね。 この時期、濡らしたら確実にカビが生えるし?」

藤原が目を見開いてワナワナ震えていると、久保田はクスリと笑い

「てゆーか、さ。 あの窓・・開かないんだよね。」

「はい?」

「正確には、開かないようにしたんだ。」

「どうして、ですか? あ、もしかして防犯のため?」

「んー。まぁ、防犯って言ったら、そう・・・かなぁ。」



********************




久保田老人が全てを語り終えた時。



ガシャーーーン・・・



「うわあああああッ!!!!」

急な物音に思いっきり驚く藤原老人。

「バカ野郎ッ!ビクったじゃねーかッ!!・・・って、藤原ッ、久保ちゃんに抱きつくなッ」

ドサクサに紛れて、久保田にしがみついてる藤原をムキになって剥がす時任。

「いったぁ〜いッ。相変わらず乱暴だな、時任さんはッ!」

「他人のモンに勝手に触るからだろーがッ!」

フン、と鼻息も荒く、時任は久保田の膝に腰を下ろす。

「ジーさん同士が、絡み合ってンじゃないわよ、うっとぉしい!!!」

桂木和美の孫娘、桂木のぞみが容赦なく突っ込む。

「もぉー。藤原さんの足を温めてあげるつもりだったのにー」

とこぼれたお湯を拭きながら

「で?本当?さっきの話。」


「何が?」と惚ける久保田老人。
時任は膝に座ったままである。

「今、久保田さんが話してたでしょ?内容が聞こえたから驚いてタライひっくり返しちゃったんですけど?」

「そーだっけ?」

ふぅ・・・とため息をつく桂木のぞみ。

久保田老人が惚け始めたら、まず本当のことは死んでも話さない。

死んでも・・・・

不吉にも久保田の話の内容と被って、思わず、ブルッと身震いをする。


「久保田さん。」

改まった声で桂木は告げる。

「その話、おばあちゃ・・・いえ、管理人に伝えて真偽の程を確認させて頂きます。よろしいですね?」

「うーん・・・・まぁ、仕方ないかもね」

「で。」と今度は藤原に向き直る。

「藤原さん・・・事務室では、あなたの夜間外出申請を受理した覚えがないんですけど?こんな時間まで、何をなさってたんですかあぁ?」


「え・・・と、それは・・・・」

しどろもどろの藤原に、満面の笑みで応じる桂木。

「言い訳・・・いえ、お話は、あちらで聞かせて頂きますね?」

徐に取調室、もとい生活相談室の戸が開き、藤原は「久保田さあ〜ん」と情けない声を上げながら消えていった。



「なあ、久保ちゃん。」

「んー?」

「俺、幽霊よりも桂木の孫のほーが怖ぇえ;」

「俺も」





≪続く・・・たぶん≫
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