荒磯老人ホーム


□真夏の章(葬式編)
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蒸し暑い日だった。

じっとしているだけで、額に汗が浮かんでくる。

時折、サァ・・・っと吹きぬける風が、幾分暑さを和らげてくれた。

そんな真夏の境内に延々と読経の声が響く。


『故 藤原裕介殿・葬儀会場』


その看板の横には、焼香の順番待ちの列。

その列の中で、白髪頭の時任は『扇子でも持ってくりゃあよかったな・・・』と己の頭髪の豊かさを呪っていた。

「ったく、こんな日に礼装だなんて、苦行以外の何物でもねーぞッ! 藤原のヤツ!!」

額の汗が流れ落ちてくる度、時任は「あっちィ・・・」と前髪をかきあげ、不満を漏らす。

「大丈夫?時任ぉ」

傍らで黒ネクタイをだらしなく締めた久保田老人が、身を屈めて顔を覗き込んできた。

「あら。額、汗びっしょり。」

ハンカチで拭ってやろうとするより早く、汗が滑り落ちていく。

「だァ〜〜〜ッ!目に入ったァッ!」

「どれ?」

久保田は徐に時任の下あごに手を添えて、顔を仰向かせると

「ここ?」

そう言って、ペロ・・・っと、時任の目頭を舌先で拭った。

「よせよ・・・」

更に目尻のシワの中まで舐められ、別の「あつさ」を覚える。

「久保ちゃん・・・ベロ、熱いって。」

「そぉ?」

尚も顔中に舌を這わせる久保田に、時任は抗議の声を上げた。

「ああッ!もうッ!やめろってッ!」

「どうして?」

「ノボせてブッ倒れンだろ? 俺も、アイツらも。」


時任が指さす方には、荒磯老人ホームの老腐人たち。

喪服姿の彼女らは、 頬を上気させ、プルプルと数珠を握り締めている。

「グッジョブ!久保田くん、グッジョブ!!」

「ノボせてブッ倒れても、本望よっ!」

葬儀場の一角が異様なテンションの高まりを見せると。

「いい加減にしなさいッ! この有害ジジイ・コンビ!!」

桂木和美の声が響き渡り、老腐人たちの歓声に被った。

「二人ともッ! 仮にも葬儀の場で、破廉恥な行為は慎みなさいッ!」


へーい、と返事をする時任。

久保田が「仮にも葬儀・・・ね」と、つぶやく。


それにしても、この暑さの中、いつまで焼香の順番を待たねばならないのだろうか。

時任が手を伸ばして、久保田の禿頭に触れる。

「久保ちゃん、あんま汗かかねェーよなァ」

「そーね、夏生まれだからでない?」

「・・・つまんねェーの」

「なんでよ」

「お返し、できねーじゃん」

フッ。と鼻にかかった笑い声が、時任の耳に、そっと何かを囁く。

「え・・・でも、さァ」

戸惑い気味の豊かな白髪頭を、大きな掌がワシャっと掴む。

「じゃ、行こうか・・・」

そんな甘い声で促されたら、抵抗なんか出来るはずもなく

「どこにだ?」

と一応、聞いてみる。

「駐車場。 マイクロバスが冷房中で停車してる」

「それって、火葬場に行くためにスタンバイしてンじゃね?」

「そうね。きっと、かなり冷えてる。」

「だな?」

冷房の効いた快適空間でのお誘いに、すっかりヤる気満々の時任。

「よぉ〜っし、ヤろーぜ♪ ○○○ってヤツ」(←作者注:お好きな体位で穴埋めして妄想してください)

「はいはい」

「(ピーーー)なのだぞ?」(←お好きなシチュエーションを妄想してください)

「それは、どうかな」


「マイクロバスの扉を開けたら、
『寒ッ!!』ってオチですかァ〜?」


白装束で、ドーンと仁王立ちし、二人の行方を阻んだのは・・・


故人のはずの藤原だった。



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