荒磯老人ホーム


□新緑の章(墓参り編)
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霊園墓地の長い舗装路を久保ちゃんと二人で歩いてる。
晴れ渡る空には一筋の飛行機雲。
穏やかな風が前髪を掠めて行きながら、線香の匂いを運んできた。

「久保ちゃん、もう誰か墓参りしてったみてぇーだぞ?」

「あらホント、花も新しいのが沢山。」

「どーするよ、これ」

今しがた、霊園の入り口で買い求めた仏花を掲げて見せると。

「いーんでない? ここに置いとけば」

久保ちゃんが顎で示した辺り、墓石の真ん前に、無造作に白菊を添えると…

久保ちゃんは懐からライターを取り出し。


カチッ。


線香ではなく、煙草に火を点けて…
墓前に供えた。

ゆっくりと緩慢な動きで屈み込み、煙草を供える久保ちゃんを見てたら…
何だか鼻の奥が ツンとして

なんか。

よく、わかんねーけど。

俺も屈んで、猫背の背中に縋りついていた。

「時任?」

「うるせー、しゃべんな」

…ダッセぇ
声が震えた…

背中に押し付けた顔を上げることも出来ずに、ただ、きつく久保ちゃんを抱きしめる。
シャツ越しに感じた久保ちゃんの体温が、余計に切なさを煽った。

墓の前なんかに居るからだ。
あと、どんくらい、こうして久保ちゃんを感じていられるのかな…なんて考えンのは。


俺も、もう79だし、手だってシワシワだしさ。
久保ちゃんも若い頃と比べて胸周りとか細くなってきたし。
肌だって、こー…弾力が無いってゆーか…しっとりと、手に吸いつくように馴染むって感じ?

直に触れた時の感覚が…。


気持ちイイ……んだよな…




あ。



ヤベ。








勃っちまった。








「…ときとぉ?…なんか、当たるんですけど」

うるせっ!!

しょーがねーじゃんッ
この体制で、当てるなっつー方が無理だろッ!




「なあ、久保ちゃん」

「んー?」

「ヤらせろよ」

フッ…と久保ちゃんの吐息とも忍び笑いともつかない声が、艶やかに漏れる。
背中越しに聞こえた、その声は、昔からずっと変わらない…
俺だけが知ってる、誘いを受ける時の久保ちゃんの声だ。

その声に促されて、久保ちゃんのベルトに手をかける。
微かな、金具の鳴る音にゾクゾクしちまうのも…いつものこと。

「久保ちゃん…」

甘く密やかに吐き出された自分の声にも煽られて。

ズボンの中に手ェ突っ込んだら、久保ちゃんの首筋がピクン、と動いた。

ほら、いつものように、俺の方を振り返ろうとする。

久保ちゃんの、熱のこもった甘い眼差しを期待して、待ち構えていると。





『おい…』



全然、違うヤツの眼鏡面が飛び込んできた。


「わーーーーーッ!!?
なんっだよ、お前ッ!!」


『…やっと見えるようになったか』


その眼鏡面には見覚えが有った。

「ちゃむ?」

『治だ』

「あ〜、久し振りだねぇ。 去年の冬以来?」

『いいから、チャックを上げろッ!久保田ッ!!』

治は、半分透き通った身体で久保ちゃんに掴みかかろうとする…が、すり抜けた。

「へ〜、やっぱ幽霊って、触れないんだな?」

俺が治の脇腹の辺りに手を伸ばすと、ヤツはビクン!として後退する。

「触れねーんだから、ビクるコトねーじゃんか、なぁ?」

「ん〜、ほら。 弱いトコって触られそうになるだけでダメって言うじゃない?」

「あ、そーか」

『だから、触ろうとするなッ!
そして、ソレをさっさと仕舞えッ!久保田あああッ!!!』

「んー、縮むのに時間が掛かるのよね、俺。」

「久保田ちゃん、抜いたほうが早いんじゃねーのかァ?」

「そーね、頼める?時任ぉ」


『昼間っから、他人の墓の前で不謹慎だと思わねーのかッッッ!!?』


「墓参りに来てあげたのに、怒鳴られちゃった」

「しかも、せっかくヤろうとしてたのに邪魔しやがるしなー」


『お前ら…花供えたら、サッサと帰れッ!』

脇腹を守りながら、ちゃむの霊は、そう言った。

俺は疑問に思ったことをそのまま口にした。

「てかさ、俺、今までお前のこと見えなかったじゃん? なんで急に見えるようになったんだろーな」

『さぁな。 大方、死期が近づいてンじゃねぇのか』

治の言葉に、久保ちゃんの眉根が寄った。

「連れてく気?」

『冗談じゃねぇ。 お前に鬼の形相で乗りこまれちゃ堪らない。』

「つーか、俺、まだソッチ行く気ねぇーぞ?」

『じゃあ、平気だろ。 死期が近いんじゃねーなら、久保田の霊感に影響されたのかもな。
…あるいは…』


「あるいは?」


『書き手の都合だろ。』


…………



身も蓋もねぇ…




その時。

カタカタ…と、ちゃむの墓石が動いた。

!!!!?

俺たちだけでなく、治まで驚いて後ずさりする。

ドーーーンッと音を立てて墓石がひっくり返った。

「きゃーーーッ!木場くんのお墓がッ」

「ヤダァ!起こして起こしてッ!」

「ごめんなさいッ、木場くんッ!だって、他に隠れる場所なかったしー」


おい…。


元漫研のヤツらが潜んでいた…


『そのままにしとけ、後で墓地の管理人が気付いて直すだろ。 どこも欠けてねーだろーな?』

「ヘーキだろ?耐久性の有るイイ石を使ったって、お前のおふくろさん言ってたしな」


いつの間にか、車椅子の老人が墓のそばに居た。

「龍之介、来てたのか?」

「時やん先輩たち、来るの遅いッスよ〜 明日はちゃむの命日だから、皆で墓参りするって言ってたべ?」

「悪ィ。 昨夜、励み過ぎた」

「年だよね〜 昼過ぎまで、グッスリ。」 

「いや…十分、若いッス」


龍之介が徐に車椅子を前に進めた。


改めて。

全員で、ちゃむの墓に手を合わせる。

墓石、倒れたままだけどな…


俺と久保ちゃんが供えた白菊が墓石の下で潰れている。

散った時に放たれた芳香が鼻をくすぐった。


『…で?』

治の声が聞こえた。

『お前、いつコッチに来るんだ?』


コッチ、とは言わずと知れたアノ世のことだろう。

…墓の前で聞くなよ。


「どーした?寂しくなっちまったか?」

『まさか、待ちくたびれてるだけだ。 俺も、修二もな』

「もーちょい待ってろや、俺が逝ったら寂しがる女が大勢いるからよ」

『お前が来ないって、寂しがってる女も、コッチにゃたくさん居ンだよ』


質問は専ら、龍之介に向けられたものらしい。


「そっか。 悪ィーな、気長に待っててくれって伝えてくんねーか?」

『自分で言え』

「お盆の時にでも、言って回れってか?」

『好きにしろ』

「ま、そんなに掛かんねーだろ。 俺が行くまで…」

龍之介が、治の目を真っ直ぐに見て答えた。

「なるべく、急ぐようにするからよ…」


『龍…』


「いやあああああッ!龍之介くんんッ!!」

ふいに、元漫研の老腐人の一人が、龍之介に抱きついた。

「だめえええッ! アタシを置いて逝っちゃだめええええッ」


なんか…ワールドに入っちまってンぞー


「ちょっと、アンタ!わきまえなさいよねッ!?今、イイトコなのにッ!」

「無理ィ〜; アタシ、龍之介くんに関しては無理ィ〜ッ;」

「あー、ドリーム入ってたんだっけ…」

「久保田くんと時任くんに関しては『腐れ魂』貫くけど、龍之介くんには無理ィ〜ッ;」


激しい思い込みと体重とに翻弄されて、龍之介の車椅子が傾いた。


「ヤベぇーってッ!倒れるぞ、コレ!」

『龍之介ッ!』

治が手を伸ばすが、支えられるはずもなく。

危うく横倒しになりそうになったのを助けたのは、俺と久保ちゃんだった。

う、わ。 腰にクる…

「キャーッ、ごめんなさいッ!!」

「いいから、龍之介の膝から下りろォッ!」

ドリーム系・老腐人の重さから解放されると、車椅子は正しい位置に戻った。

「いやあ、驚いたべな? 久保ちゃん先輩、時やん先輩、あざーっす」

治に睨まれて、老腐人は恐縮している。

視線を龍之介に戻すと、治は言った。

『やっぱり、まだコッチに来るな、龍之介』

「ちゃむ?」

『そいつみてェーに寂しがるヤツがたくさん居るんだろ?目の当たりにしちまったら、早く来いなんて言えねーよ』

「けどよ…」

『皆くたばってから、ゆっくり来りゃあいい』

「そうだな…じゃあ、そうすべぇか」




「アタシ、龍之介くんと木場くんのために早く死んだほうがいいのかしら?」

「それはないでしょー。」




老腐人たちの会話はスルーして。

二人のやり取りを黙って聞いてたら、久保ちゃんが、ふいに指を絡めてきた。



「時任…」

「久保ちゃん?」

「俺は、待たない。」

「ん?」

「もしも先に逝くことになったら…すぐに連れていく。」

「マジで?」

「抵抗してみる?」

「面白ェー。 そん時はガチで勝負だなッ」

「…楽しそう、ね」

「久保ちゃんとなら、何でも楽しいに決まってンだろ?」

「そうかな」

一呼吸置いて

「そうかもね」と久保ちゃんが笑った。


いつか、この世とあの世に別れたら

逝く逝かないでせめぎ合うのも悪くねぇ。

マジで、そう思いながら、久保ちゃんの手を握り締めた。


「時任」

「んー?」

「もしも、お前が先に逝くことになったら…一緒に連れてってくれる?」

「ぜってェー、ヤだ」

「即答ね…」

「その代わり、久保ちゃんが逝く時は、俺様が直々にあの世までエスコートしてやる」

「……」

「不満かよ?」

「んー、やっぱ、直ぐに一緒に逝きたいカモ」

「ぜーたく言うなッ」





「ちゃむー」

『何だ?』

「俺が逝く時…」

『エスコートなんざしねぇぞ、一人で来い。 駆け足で、だ』

「りょーかい」

『迷うんじゃねーぞ』

「それも、りょーかいっ」


嬉しそうに笑う龍之介を、元漫研部員が動画撮影している。

「イイ絵が撮れそう…木場くんも一緒に写るかな〜」

「今だけ霊能力者になるのよッ」

「オーライッ!」



********************


元漫研部のヤツらが、後でチェックしたら…ちゃむは勿論、他に無数の白い影が写りこんでいたらしい。

しかも。

その中には、故人となった漫研部員の顔がいくつも有ったとか。

「アタシたちと同じようにキラキラした瞳で、あなたたちのコト見てたわよv」と告げられて、俺と久保ちゃんと、それに龍之介は返す言葉もなかった。


今頃、アッチで、ちゃむも困ってンだろーなー。


そう言い合って、俺たち三人は苦笑いをした。

龍之介の部屋の、ちゃむの遺影が、少し傾いたような気がした。


<終わり>
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