荒磯老人ホーム


□秋&冬の巻
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朝日が積雪を輝かせながら、雪山の影から顔を出した。

明るくなった外を眩しそうに見つめ、桂木のぞみはそっと窓ガラスに手を当てる。

「寒ッ・・・」

澄み切った氷のような、鋭い冷たさに、思わず指をすくめた。

外は輝く銀世界。

青く澄んで晴れ渡った空は、絶好のスキー日和を予感させ。

早くもゲレンデには、リフトに並ぶ人影が見え始めていた。



「スキーよりも、スノボがよかったな・・・」

歓迎・荒磯老人ホーム様、と看板の掛かったログハウス(一応、なんとかロッジというお洒落な名前がついている)。

その窓辺には、現役高校生のようにワイワイはしゃぐ、いつもの面々。

のぞみは、貸し切り状態のログハウスの中で、盛大にため息をついた・・・

大勢のジーちゃんバーちゃんに囲まれ、夏に引き続き、冬までも老人たちのお出掛けに付き合わされる破目に陥ってしまった。



これというのも。

初秋のある日、時任老人の申し出がキッカケだった・・・



********



「運動会やろーぜ!」

「はいぃ?」

「やっぱ秋って言ったら運動会だよな?」

キラキラ輝く少年のような瞳で、当然やるだろ?的な勢いで、そう言われ。

「年を考えて下さい。」と素気無く答えたのがマズカッタ・・・・

「年考えたらさ、来年は『もう無理』かもしんねーじゃん! 今、身体が動くうちにやりてェーんだよ!」

そーきたか・・・


「あのですね。今現在すでに『もう無理』です。」

のぞみは目の前の老人を諭そうと試みる。

「万が一、ケガでもされたら、どーするんですか?
 無理です。あきらめて下さい。」

黙って立ち尽くす時任老人の様子に、言い過ぎたかな・・と心配する。

が、それは杞憂であった。

「・・・まだ無理じゃねーよ」

キッパリとした口調で、自身に言い聞かせるかのように反論が始まった。

「まだ無理じゃねぇッ」

「まだ、と言い切る根拠はドコにあるんですか;」

「ココに。」と自分の胸を指す時任老人。

「やりてぇコトいっぱい有ンのに、年を理由にあきらめるのって、なんか変じゃんか!
 年寄りは、なんもやっちゃいけねーのかよ?」

そーきたかァ〜・・・


「ですけど、ケガをした場合、それが原因で寝たきりになってしまう可能性も有るんですよ?」

「そん時ゃ、リハビリすりゃあ、いいだろ?」

「簡単に言いますけど、若い時とは違って、身体も動かなくなってますし・・・」

のぞみは、言いにくい言葉の先を進める。

「怪我をした老人が完全に機能回復する事は・・・あり得ないんです。」


「そんなん、俺らが一番わかってンよ。」


「無謀なりに『覚悟』はしてるってことですか・・・・
 大怪我が元で寝たきりになっても後悔はしない、と?」と、呆れながら尋ねるのぞみ。



「んー、違うんだよなァ・・・」

白い頭髪をポリポリと掻いて、時任は言い切った。

「誰が寝たきりになんか、なってやるかッての。
 そん時ゃ、死ぬ気でリハビリしてやる。
 年寄りをなめんなッ!!」


そーきたかァ〜〜・・・・・



初めは、事務員のぞみと時任老人の二人だけの論争に過ぎなかったのだが・・・

いつしか、その話の輪に、次々と人が加わり。

何やら「荒磯老人ホーム・第一回運動会」を開催しようという機運が高まり。

「もう、やるっきゃねーべや」と龍之介が車椅子競技まで企画し。

大いに盛り上って、実行委員会まで発足し。

反対していた事務員たち(特にのぞみ)も、ついには折れ。

いざ、実行!!という段になって、問題が発生した・・・・



新型インフルエンザ・大流行。



行政から、大勢の人が集まる行事は控えるように、とのお達しが有り。

せっかく盛り上った、この気分をどーしてくれる!!!!と、あわや暴動が起きんばかりの状況。

やっと新型インフルエンザの脅威が収まってきた、と思った時には、もう真冬だった・・・


「そーだ!秋の運動会がダメなら、冬季オリンピックが有るじゃねーかっ!」

と、またまた時任が騒ぎ出し。

その話はいつの間にやら、『スキー・ツアー』なる企画へと、すり替わり。

気がつけば、のぞみは、管理人である祖母の和美と共に、経営者の元へ「お伺い」を立てに行ったのだった。


経営者は、元荒磯高校生徒会長で、名前を松本と言った。

祖母と二人で通された部屋には、大振りな書斎机に両肘を着き、組んだ手にあごを乗せている松本会長が居た。

年の割りには顔立ちの整った爺さんだったが、案外気難しそうな雰囲気を醸し出しいる。

案の定。

スキー・ツアーに難色を示しす会長であった・・・が、途中から柔らかい物腰の老人(副会長の橘とか言う人)が加わると、話が一変した。

「松本会長。 そういえば、最近、雪を御覧になってませんね?」

「それが、どうした。」

「いえ、唐突ですが・・・」

橘は松本会長と目線を合わせる。

「ん?」

「静寂に満ちた銀世界」

耽美な響きを声音にのせて、橘老人は含みの有る口調で、こう言った。

「そこに佇むあなたを、この目で見たい・・・と思いまして。」

「そうか。」

「いけない、でしょうか?」

「・・・いや。」

会長の返事に顔を綻ばせ、老人は穏やかに勧めた。

「どうでしょう?ここはひとつ、条件付で認められては。」

「悪くはない、な。」


こうして。

松本会長ならびに橘副会長も参加する、という条件付で、認められたのだった・・・


その帰り道。

「見てらんなかったわね〜・・・ 会長のデレっぷり。 結局、ギャラリー付きのフルムーン旅行になるってコトよね?」と祖母・和美が揶揄する。

新婚旅行=ハネムーンに対して、熟年旅行=フルムーンと言うらしいが。

何やら言いたげにしているのぞみに、祖母は

「ああ、かなり年季の入ったフルムーンだけどね?」と、自らの発言を訂正する。

いや・・・ツッコミたいのは、そこじゃないんだけど〜と苦笑する孫・のぞみ。

松本会長と橘副会長の関係についての質問は、やめておこう・・・と決めた。



「おばあちゃ・・・いえ、管理人さん。」

「何?」

「松本会長たち以外にも、ギャラリー背負ってベタアマ旅行カマしそーな人たちに、心当たりがあるんですケド」

「・・・わかってるわよ」


ああ、やっぱり。

松本さんたちって「あの二人」と同類なのね〜。


ダブル・フルムーン旅行になりそうな雰囲気を伴って、荒磯老人ホーム・スキー・ツアーは始まったのだった・・・


*******


松本会長が手配したログハウス。

なんちゃら・かんちゃら・ロッジ(耽美を追求し過ぎて、口にするのも恥ずかしい名前)は、外観こそは、なかなか粋な作りをしていた。

ログハウス作りを本場で本格的に学んだ友人の設計という事で。

まるで、その建物だけ、カナダかスイスの雪山から移されて来たかのような錯覚さえ感じる。


が。

しかし。

内装は、設計者の奥方(?)の趣味だったらしく。

何やら凝った(恥ずかしくも懲り過ぎた)装飾が所々に施され。

それは各部屋の内装も同様で。

昔懐かしい「ベルサイユの薔薇」の宮殿にでも迷い込んだかのようだった・・・

女性陣には大いに喜ばれたが、男性陣は一様に『ビミョー』な表情を隠せない。

皆の心情を代弁するかのように、龍之介が感想を述べた。

「いやぁ〜・・・スキーに来て、フリルとリボンに囲まれるとは思わなかったべな?」



だが、どこにも例外はいるもので。

藤原だけは、キラキラと輝く妄想ワールドにドップリと浸り、その姿が見かけられる度、何故かクルクルと回っていた。

完全にイってしまった表情に、最早誰もツッコまない。

「あぁ〜・・・久保田先輩っvvvv」

どうやら、脳内のバーチャル空間で久保田と絡んでいるらしい。

痛過ぎる想像をブチかましてるのが手に取るように判る。


人のいい龍之介でさえ、「今日も晴れそうッスね〜」と全く関係ない話を持ち出して、藤原の方を見ないようにしていた。


「はぁーい、みなさーん」

ロッジのリビングホール内に、桂木のぞみの声が響き渡る。

「朝ごはんの支度が出来たそうでぇーす。 カフェテリアの方へ移動してくださぁーい。」


ぞろぞろと移動を始めるジーちゃんバーちゃんたち。

「あら?松本会長と橘副会長は?」

のぞみが、二人の姿を探していると、事情通の老腐人がおしえてくれた。

「あの二人なら、ホテルのラウンジにでも出掛けたんじゃないかしら?」


激・別行動・・・?

まぁ、いいけどね。


********


その頃。

耽美を絵に描いたような老カップルは、耽美系に相応しく、一流ホテルのラウンジでモーニングコーヒーを堪能しようと、ロールスロイス(運転手付き)に乗り込んでいた。

気まぐれを起こした松本会長にの指示によって、人気の無い場所で雪景色を愛でて行くことになり、黒塗りの高級車は道端に停車した。


「少し歩きたい」

と松本会長は運転手に言い置き、橘と雪景色の中に降り立った。

車から離れて行くにつれ、微かに吹き付ける風が会長の銀髪を舞い上げた。

粉雪が、同様に風に舞い上げられ、キラキラと朝の光に反射する。



「綺麗ですね」

「ああ、こうして見ると雪もいいものだな。」

宙を見つめ、そう言う会長の端正な横顔を、橘の視線が捕らえる。

「クスッ。」

「何だ?」

「いやですねぇ。 雪が、じゃなくて、あなたが・・・ですよ。」

「・・・・・」

「綺麗です。会長。」



耽美を極めんと欲する二人の世界に、突如として他の登場人物が加わった。



「久保ちゃん!早く、早く!」

「はいはい。」

「急げよッ!間に合わねーだろッ?」

「あら、大変。」





「あれは・・・」

「時任君と久保田君のようですね?」

「フッ。相変わらず騒がしい連中だ」

「ええ。」

「大方、朝食の席に遅刻しそうなんだろう」

「ですね、そろそろロッジでも朝食が始ま・・・・・」

「どうした?」



木々の生い茂った小高い丘の上。

そこから、見下ろしているので、久保田と時任の方からは、此方が見えない。

しかし、会長たちに、久保田たちの言動は筒抜けであった。




「久保ちゃん、そこ立ってろ。 動くなよ?」

「りょーかい。」

時任に背を向けて立ち尽くす久保田老人。

久保田の影に隠れるように、時任老人が背中合わせに立ち、ズボンの前をゴソゴソしている。





「いけません、会長・・・御覧になられては。」

「言われんでも、わかっている・・・」


松本会長は時任から目を逸らしたが、それでも視界の隅に・・・

時任の足元から、湯気が立つ様子が映ってしまった・・・





「はぁ〜間に合った・・・」

「冷えると近くなるからねぇ」

「年取ると余計にな〜・・・久保ちゃんは?ヘーキか?」

「ん。 まだヘーキかな。 終わったら行こうか。」

「っしゃ、お待たせッ!」


立ち去る気配を見せる久保田と時任。

だが。



「松本会長・・・もう雪は御覧にならないほうが、よろしいかと」

「ああ、銀世界も、台無しになっただろうな・・・」


その時。

せっかく目を背けた二人の行為を無にする会話が響いた。



「時任・・・ちょっと」

「? なんだよ、久保ちゃん・・おいッ!俺の小便の跡なんか見るなよッ!!」

「だって、ほら。」

「だから、見るなってッ!! あーもーッ!!!!」

「よく見て、時任。」

「んだよッ!!雪が黄色くなってンのが、どーかしたかァッ!!?」




「・・・・・」

「下品な・・・」





「ハートマーク」

「へ?」

「お前が用足した跡が、ハートマークに見えるんだけど?」

「マジで?」



用を足した場所を凝視している気配が伝わる。

「・・・・・」

「何故、そんなモノが見れるッ・・・」

理解不可能な松本会長。



  

「おおッ!!!ホントだぁ!俺様、グッジョブ♪」

「次は、名前も入れてね?」

「KUBOTA(久保田)でイイか?」

「KUBOCHAN(久保ちゃん)じゃないんだ?」

「ソコまで小便がもたねェーかも」

「あ、なるほど。」

「けど、努力はしてやる。」

「期待してるよv 時任ぉ」

「おう!」



 ・・・・・・・・・・・・・


「会長・・・」

「・・・」



お耽美・老カップルには真似できない言動の数々に、もはや言葉も無い・・・


「あそこまで自分を曝け出せる関係というのも・・・」

会長は語尾を濁し、最後まで言わなかったが。
口調に何やら羨望めいた響きが有ったのを橘は聞き逃さなかった。

(認めたくありませんが・・・)

そっと眉根を寄せる橘。

(・・・何かに負けた気がします。)

麗しさの中に憂いを漂わせ、苦悩する副会長であった。




≪続く≫


一度書いてみたかった、橘×松本 VS 久保×時。

ジジイになっても、お耽美な会長たちは、ある意味とっても・・・・「お疲れ様」カモ。

次回、満を持して(?)大塚君・登場。(予定)
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