荒磯老人ホーム


□夏の巻
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海。

夏と言ったら海。

青い空、白い雲、潮の香、波飛沫。

「海だぁ〜〜〜!!」

少年のようにハシャぐ時任老人。

「海だなッ、久保ちゃん!」

「うん、そーね」

海を見てキラキラと輝く瞳は十代の頃と全く変わらず。

準備運動もソコソコに、白い砂を蹴り上げて波打ち際に走っていく。

「元気だね〜」

ビーチパラソルの下に座り込み、ボーっとタバコをふかす久保田の横で、桂木(孫)が呟いた。

「泳がないんですか?久保田さん」

「ん〜」

意外とカナヅチだったりして・・・と勘繰った刹那。


「う、わあああ!!! 足ッ、足つったッ!!!」

「と、時任さん!!?」

もうッ、準備体操しないで海に入るから!

桂木のぞみが砂浜をダッシュして駆けつける・・・より速く。

「時任!」

猛然と砂を舞い上げて、久保田老人が海に走りこんで行った。

「速っ・・・」

とても老人と思えない、&つい今しがたソコに座り込んでボーっとしてた人と同一人物と思えない、機敏な動きに呆気にとられた。


「時任、大丈夫?」

駆けつけた久保田が、時任の腰を抱え上げ、水面上に顔を出させる。

「ぶはッ!!・・・ん、ヘーキ・・・んっ、しょ。」

久保田の肩に両腕を預けて立とうとした時任だったが、まだ少し足が攣っている。

無様な姿をさらしてしまった照れ隠しに、思いついたままを口にした。

「久保ちゃん。 泳ぐの上手い・・よな」

「そお?」

「なんで、ビーチでボーッとして、泳がねーんだよ?」

「んー。 水泳ってさ、かなり体力消耗するじゃない? いいの?今夜、ベッドの中で遊べなくっても。」

「まさか、そのために体力温存してたってか?」

「まぁね」

「バカじゃねーの・・」


久保田の肩に捕まったまま、耳まで真っ赤な時任老人。


(うわあ〜・・・海水浴に来てまでコレ?)

暑さで突っ込む気力も無い桂木。

祖母の和美の計らいで、荒磯老人ホームの面々は泊りがけで海に来ていた。

老人を炎天下で海水浴させることに、いささかの難色を示した孫、のぞみであったが。

「そんなに心配なら、あなたが引率して行きなさい」と、祖母から有り難い御指名を受け。

問題児ならぬ問題爺たちを引き連れて、こうして海にやってきたわけである。


ふと、沖に目をやれば。

飛び込み台の監視員が大声を張り上げて誰かを制止している。

「やめろッ、無茶だ、ジーさん!!」

(あ〜・・・早速、目立ちたがりやな困ったちゃんが・・)

「ははははは!ザマぁねーなッ、時任!!」

(大塚ぁ〜・・・・)すでに、のぞみの脳内では敬称略である。

「大塚さぁーん、危ないですよぉー、飛び込みは止めて下さぁーい」

沖に向かって、大きく手を振りながら注意する。

飛び込み台の監視員も警告を告げている。

が、しかし。

何を思ったか、大塚老人は「フッ。騒ぐな騒ぐな。今見せてやろう、俺の華麗な飛込みを!」と宣言。

(ヤバい!最近、あの人、耳が遠いんだった!!)

桂木が手を振ったの激励されたと勘違いしている。

「うわああああああッ!!! ジーさんが身投げしたああああ!!!」

監視員が絶叫する。

ばしゃああああああんんんん!!!と派手な水飛沫を上げて、大塚老人は水中に消えた。


案外、大変な事態であるにも関わらず、海の中の二人は到って冷静(他人事)であった。

「あ。 大塚、沈んだ」

「いや・・・カツラは浮いてきたみたい?」



直に。カツラも、持ち主も、無事に回収された。


*****************


「いいですか〜? 飛び込み台は使用禁止です。 お約束を守っていただけないなら、老人ホームに戻っていただきますからね?」

「けっ。わかったよ」

「はいぃ〜?」

「・・・わかりました」


桂木(孫)の引率&指導も堂に入り、大塚老人はタジタジである。


「なあ、のぞみ〜」

「はぁあ〜い?なんでしょぉーかあ?」

凄んだ声で返事をされたが、時任は、まったく動じない。

「肝試しやんねぇ?」

「はい?」

「いや、だから肝試し。 夜の海って案外怖くね?」

ふーーーーーっとため息をつき、のぞみは言い切った。

「時任さぁ〜ん? 心臓麻痺でも起こして急逝されるご予定ですかぁ〜?」

「大袈裟だって。」

「年を考えなさい。年を。」

「けどさぁ、夏・海・夜・泊まりっていったら、肝試しだろー?」

「もうちょっと静かに、老人らしく遊んでいただけませんか〜?」

「例えば?」

「そーですね。 じゃあ、線香花火でもしてて下さい」

「マジでッ?」

「はい、久保田さん。 線香花火とロウソクと消火用のバケツ。 ライターはお持ちですよね?」

桂木は有無を言わさず、傍らで静観している久保田老人にサッサと花火セットを手渡す。

「仕方ないっしょ、時任。 地味〜に花火もいいんでない?」

「な〜んか納得できねぇ・・・」

久保田に引きずって抱えられるように、時任は夜の海岸に向かって行った。


数分後。

「こらーーーーーーッ!!!!」

のぞみの怒号が夜の海岸に響き渡る。


宿舎内でたむろう老腐人らは、によによによによ妄想の輪を広げる。

何をしでかして叱られているのか、大予想大会が催された。

その結果がコレだ。

  ↓↓↓

1.二人で海に飛び込んで泳いでいた。

2.二人で海に入り、ヤっていた。

3.挙句、周囲の海域が白濁した。


きゃーっ、ありえなーい!!!と大笑いする元漫研メンバーたち。

ちなみに、正解は。

「盛大に、打ち上げ花火に興じていた」だった。


「どーして、静かに遊べないんですかあーーーーッ!!?」

「や、だって。海だし? 静かに腰掛けて花火ってシチュエーションは、もう原作でやっちゃったし?」

「そーね。 ベランダ焦がして管理人に注意されたっけ。」

「あん時から『共犯』だよな〜」

「あ、いい響き。」

のぞみの握り拳は震えている。

「・・あなたがたが老人でなかったら、いい響きをその頭で奏でて差し上げたいんですけど〜?・・」


「ストレスたまってんなぁ?」

「ん〜、何かで発散させてあげたいけど。」


その時。

「うわあああああっちちちちちち!!!!」

三人が奇声のする方を振り返ると。

(大塚ぁ〜・・・)


夜の浜辺をステップ踏み踏み踊る大塚老人。

その足元にはネズミ花火。

シュルシュル火の粉を撒き散らし、大塚の足を躍らせる。

自業自得なので放っておきたいが、そうもいくまい。


「はい、これ。」

久保田が海水入りのバケツを、のぞみに手渡す。

「のぞみ。思いっきり行け。」

時任が言うと同時に。

「でやあああああああッ!!!」

大塚めがけて、盛大に海水をブチまけた。


見事、消火されたネズミ花火は

波にさらわれ消えていった・・・


「あ〜〜〜ッ!!!海にゴミが・・・」

空のバケツを構えたまま呆然とする、のぞみ。

「あらら。 そーいえば、あのバケツの中、線香花火の燃えカスが。」

「あ〜あ。 全部流れたな?」


はぁ〜〜〜〜〜と、長いため息をついたが。

大塚に海水を思い切り浴びせて、ほんのちょっと、スッキリした。


そうか。

急に何かを悟ったのぞみは、徐に波打ち際に歩んでいくと。

海水をタップリと汲んで戻ってきた。


顔が不敵に微笑んでいる。


「ヤベ。」

「逃げるよ?時任ぉ」


「待ちなさーーーーいいいいッ!!!」

のぞみの「バケツで海水アタック」を避けながら、夜の海を走る久保田と時任。

二人の老人の顔は、まったく少年のソレだった。

「待ちなさいって言ってンでしょがーーーーッ!!!」


夜の海を水かけ鬼ごっこ。

老人たちの夏に、また新たな思い出が加わった。




「俺のカツラ・・・」


遠く沖を眺めながら、夜の海に消えていった大事な分身に思いを馳せる大塚老人。

彼の頭皮を夏の夜風が撫でて行った・・・


≪続く・・・かもしれない≫←;
 

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