荒磯老人ホーム
□夏の巻
1ページ/1ページ
海。
夏と言ったら海。
青い空、白い雲、潮の香、波飛沫。
「海だぁ〜〜〜!!」
少年のようにハシャぐ時任老人。
「海だなッ、久保ちゃん!」
「うん、そーね」
海を見てキラキラと輝く瞳は十代の頃と全く変わらず。
準備運動もソコソコに、白い砂を蹴り上げて波打ち際に走っていく。
「元気だね〜」
ビーチパラソルの下に座り込み、ボーっとタバコをふかす久保田の横で、桂木(孫)が呟いた。
「泳がないんですか?久保田さん」
「ん〜」
意外とカナヅチだったりして・・・と勘繰った刹那。
「う、わあああ!!! 足ッ、足つったッ!!!」
「と、時任さん!!?」
もうッ、準備体操しないで海に入るから!
桂木のぞみが砂浜をダッシュして駆けつける・・・より速く。
「時任!」
猛然と砂を舞い上げて、久保田老人が海に走りこんで行った。
「速っ・・・」
とても老人と思えない、&つい今しがたソコに座り込んでボーっとしてた人と同一人物と思えない、機敏な動きに呆気にとられた。
「時任、大丈夫?」
駆けつけた久保田が、時任の腰を抱え上げ、水面上に顔を出させる。
「ぶはッ!!・・・ん、ヘーキ・・・んっ、しょ。」
久保田の肩に両腕を預けて立とうとした時任だったが、まだ少し足が攣っている。
無様な姿をさらしてしまった照れ隠しに、思いついたままを口にした。
「久保ちゃん。 泳ぐの上手い・・よな」
「そお?」
「なんで、ビーチでボーッとして、泳がねーんだよ?」
「んー。 水泳ってさ、かなり体力消耗するじゃない? いいの?今夜、ベッドの中で遊べなくっても。」
「まさか、そのために体力温存してたってか?」
「まぁね」
「バカじゃねーの・・」
久保田の肩に捕まったまま、耳まで真っ赤な時任老人。
(うわあ〜・・・海水浴に来てまでコレ?)
暑さで突っ込む気力も無い桂木。
祖母の和美の計らいで、荒磯老人ホームの面々は泊りがけで海に来ていた。
老人を炎天下で海水浴させることに、いささかの難色を示した孫、のぞみであったが。
「そんなに心配なら、あなたが引率して行きなさい」と、祖母から有り難い御指名を受け。
問題児ならぬ問題爺たちを引き連れて、こうして海にやってきたわけである。
ふと、沖に目をやれば。
飛び込み台の監視員が大声を張り上げて誰かを制止している。
「やめろッ、無茶だ、ジーさん!!」
(あ〜・・・早速、目立ちたがりやな困ったちゃんが・・)
「ははははは!ザマぁねーなッ、時任!!」
(大塚ぁ〜・・・・)すでに、のぞみの脳内では敬称略である。
「大塚さぁーん、危ないですよぉー、飛び込みは止めて下さぁーい」
沖に向かって、大きく手を振りながら注意する。
飛び込み台の監視員も警告を告げている。
が、しかし。
何を思ったか、大塚老人は「フッ。騒ぐな騒ぐな。今見せてやろう、俺の華麗な飛込みを!」と宣言。
(ヤバい!最近、あの人、耳が遠いんだった!!)
桂木が手を振ったの激励されたと勘違いしている。
「うわああああああッ!!! ジーさんが身投げしたああああ!!!」
監視員が絶叫する。
ばしゃああああああんんんん!!!と派手な水飛沫を上げて、大塚老人は水中に消えた。
案外、大変な事態であるにも関わらず、海の中の二人は到って冷静(他人事)であった。
「あ。 大塚、沈んだ」
「いや・・・カツラは浮いてきたみたい?」
直に。カツラも、持ち主も、無事に回収された。
*****************
「いいですか〜? 飛び込み台は使用禁止です。 お約束を守っていただけないなら、老人ホームに戻っていただきますからね?」
「けっ。わかったよ」
「はいぃ〜?」
「・・・わかりました」
桂木(孫)の引率&指導も堂に入り、大塚老人はタジタジである。
「なあ、のぞみ〜」
「はぁあ〜い?なんでしょぉーかあ?」
凄んだ声で返事をされたが、時任は、まったく動じない。
「肝試しやんねぇ?」
「はい?」
「いや、だから肝試し。 夜の海って案外怖くね?」
ふーーーーーっとため息をつき、のぞみは言い切った。
「時任さぁ〜ん? 心臓麻痺でも起こして急逝されるご予定ですかぁ〜?」
「大袈裟だって。」
「年を考えなさい。年を。」
「けどさぁ、夏・海・夜・泊まりっていったら、肝試しだろー?」
「もうちょっと静かに、老人らしく遊んでいただけませんか〜?」
「例えば?」
「そーですね。 じゃあ、線香花火でもしてて下さい」
「マジでッ?」
「はい、久保田さん。 線香花火とロウソクと消火用のバケツ。 ライターはお持ちですよね?」
桂木は有無を言わさず、傍らで静観している久保田老人にサッサと花火セットを手渡す。
「仕方ないっしょ、時任。 地味〜に花火もいいんでない?」
「な〜んか納得できねぇ・・・」
久保田に引きずって抱えられるように、時任は夜の海岸に向かって行った。
数分後。
「こらーーーーーーッ!!!!」
のぞみの怒号が夜の海岸に響き渡る。
宿舎内でたむろう老腐人らは、によによによによ妄想の輪を広げる。
何をしでかして叱られているのか、大予想大会が催された。
その結果がコレだ。
↓↓↓
1.二人で海に飛び込んで泳いでいた。
2.二人で海に入り、ヤっていた。
3.挙句、周囲の海域が白濁した。
きゃーっ、ありえなーい!!!と大笑いする元漫研メンバーたち。
ちなみに、正解は。
「盛大に、打ち上げ花火に興じていた」だった。
「どーして、静かに遊べないんですかあーーーーッ!!?」
「や、だって。海だし? 静かに腰掛けて花火ってシチュエーションは、もう原作でやっちゃったし?」
「そーね。 ベランダ焦がして管理人に注意されたっけ。」
「あん時から『共犯』だよな〜」
「あ、いい響き。」
のぞみの握り拳は震えている。
「・・あなたがたが老人でなかったら、いい響きをその頭で奏でて差し上げたいんですけど〜?・・」
「ストレスたまってんなぁ?」
「ん〜、何かで発散させてあげたいけど。」
その時。
「うわあああああっちちちちちち!!!!」
三人が奇声のする方を振り返ると。
(大塚ぁ〜・・・)
夜の浜辺をステップ踏み踏み踊る大塚老人。
その足元にはネズミ花火。
シュルシュル火の粉を撒き散らし、大塚の足を躍らせる。
自業自得なので放っておきたいが、そうもいくまい。
「はい、これ。」
久保田が海水入りのバケツを、のぞみに手渡す。
「のぞみ。思いっきり行け。」
時任が言うと同時に。
「でやあああああああッ!!!」
大塚めがけて、盛大に海水をブチまけた。
見事、消火されたネズミ花火は
波にさらわれ消えていった・・・
「あ〜〜〜ッ!!!海にゴミが・・・」
空のバケツを構えたまま呆然とする、のぞみ。
「あらら。 そーいえば、あのバケツの中、線香花火の燃えカスが。」
「あ〜あ。 全部流れたな?」
はぁ〜〜〜〜〜と、長いため息をついたが。
大塚に海水を思い切り浴びせて、ほんのちょっと、スッキリした。
そうか。
急に何かを悟ったのぞみは、徐に波打ち際に歩んでいくと。
海水をタップリと汲んで戻ってきた。
顔が不敵に微笑んでいる。
「ヤベ。」
「逃げるよ?時任ぉ」
「待ちなさーーーーいいいいッ!!!」
のぞみの「バケツで海水アタック」を避けながら、夜の海を走る久保田と時任。
二人の老人の顔は、まったく少年のソレだった。
「待ちなさいって言ってンでしょがーーーーッ!!!」
夜の海を水かけ鬼ごっこ。
老人たちの夏に、また新たな思い出が加わった。
「俺のカツラ・・・」
遠く沖を眺めながら、夜の海に消えていった大事な分身に思いを馳せる大塚老人。
彼の頭皮を夏の夜風が撫でて行った・・・
≪続く・・・かもしれない≫←;