兎に角

□2.うさぎのおつかい
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「駄目駄目!ぜーったい駄目!」

「お願いします!白澤様!やらせて下さい!!」

夢中で頼み込み縋りつく私に、白澤様はぷいとそっぽを向く。

事は数時間前、地獄にあるという閻魔殿に届け物をして欲しいと白澤様が桃太郎さんに頼んでいた。
宛名を聞くと、鬼灯様だという。
私にとって千載一遇のチャンスが、巡ってきた。

そう、鬼灯様に先日の件(大失態)を謝罪するという絶好のタイミングが。

「失敗しません!今度こそ!」

「…今度こそって、何?」

白澤様の大反対を押し切って、私は薬が入った袋を桃太郎さんから奪い取った。

「ごめんなさいっ、桃太郎さん!では行ってきますっ、白澤様!」

「はやっ!って、うさぎちゃん!?」

素早く扉に向かうと力任せに開け放ち、私は走り出した。

「…行っちゃいましたね」

「うさぎちゃんが…僕にあんな態度を……何これ?反抗期なのかなぁ、桃タローくん」

ショックすぎてぐったりしている白澤様を横目に桃太郎は仕事を始める。
確かに、これまで従順すぎるほど従順だったうさぎのここ最近の様子は以前と少し違う。
何を言われてもはいはいと何も知らない子供のようだったのに、今では表情豊かな拒否と少しの我が侭を覚えた。

「そうかもしれませんね」

「そう…なの、かなぁ…えぇ〜何この娘が巣立った感!しかもこれ、初めてのおつかいだよね!?うわっ!心配!!」

「そのセリフ…お父さんみたいですよ、白澤様」

「うさぎちゃん迷っちゃわないかなー?地獄行ったことないもんなー…あ、そうだ!後をつけ…」

「ちょっと!注文立て込んでるんですよね?早いとこ片付けて下さい!それに、うさぎさんならきっと大丈夫ですよ!」

「なにその信頼しきった感…マジお母さんみたいだよ、桃タローくん…」



****



「…あれ?」

桃源郷から地獄までは意外と近かったが、地獄に入ってからかれこれ一時間は歩き回っているような気が、する。
同じ場所か否かすらもう解らない鋭い針の山に、真っ赤な池が続く道。

これは迷子、ですかね?

「ここはどこなのでしょう…閻魔殿どこですか…白澤様ァ」

白澤の予想通り迷子になったうさぎは懐かしい顔を思い浮かべて、真っ赤な池のほとりにしゃがみこむ。

「…あら?あなた確か白澤様の…」

後ろから掛けられた声にびっくりして振り向くと、そこには見たことのある綺麗な水色の髪の美しい女性が立っていた。

「…あ、綺麗な蛇のおねぇさん!」

「蛇……ま、まぁいいけど…」

事情を聞かれてお使いを頼まれたことを話すと、私も行くところだから、と彼女が閻魔殿まで案内してくれることになった。
この、極楽満月の常連のお姉さんはお香さんというらしい。
とても気さくで、優しい物腰のお香さんからは歩くたびにほのかにいい香りが漂う。
よく白澤様がつれてくる女性達のようにキツイ香水プンプンではないし、私を凄い目で睨むこともない。


「あの、お香さんもここで働いているんですか?」

「ええ、そうよ」

「地獄という所はごうもん?をする所だと聞きました」

「基本的に地獄は人手不足なの。まぁ、力のいる仕事は男の獄卒がしてくれるんだけど」

「……そうなんですか」

こんな優しくて綺麗な女性が”ごうもん”…なんだかピンとこない。
よく理解ができていないまま、閻魔殿と思われる大きな建物の門の前に到着した。

「ここまでで大丈夫です!ありがとうございました!お香さん!」

「…あらそう?閻魔殿も広いから鬼灯さまの所まで…」

「いえ!本当に大丈夫です!!…あ、あのっ」

「?」

単なる思いつきだった。
こんな綺麗な人と一緒なら楽しいかも、という単純な。

「私も…お香さんと一緒に働けますか?」

唐突な私の問いにいつでも大歓迎よ、と言い残してお香さんは去っていった。
背中を見送りながら今度お礼に行かなくては、と心に決めて反対側に歩き出す。
そういえば、地獄には200以上も部署があるとか桃太郎さんが言っていたのを思い出した。
そのうちのどこで働いているのか…聞いていない。

肝心な所を忘れるのは元が兎だからだろうか?

また深いため息をついて、持っていた袋を抱きなおす。
そう、先ずは鬼灯様の所へ謝罪とお薬だ。


私は足早に閻魔殿の中に入っていった…―――。

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