短編集

□『やきもち店員と着せ替え店主』
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『やきもち店員と着せ替え店主』






その手も優しい笑顔も、甘く囁く声も私ではない誰かの為にある。

でも、その誰かはたった一人の事ではない。

でも、私の事でも…ない。



そんな事十分過ぎるほど、解ってたのに…

なんででしょうね。



あの神獣に、なんか知らんが心底イラついてます、私。




「うん、うん…わかった。じゃ、今度お店に行くね」

ご機嫌な笑顔で電話しているのはこの店の店主、白澤様。
そして、その横で同僚の桃太郎さんは薬の調合をしている。
私はといえば、そのお手伝いで次の調合の準備をしながら、ちょこちょこと片付けをしていた。
手には割れてしまった薬ビンが数本、握られている。

「これはもう使えないです……ねッ!!!」

思いっきり振りかぶって、それを全力で燃えない専用ゴミ箱に捨てる。
ガラスが割れる良い音がした。

「…千那ちゃん、どうしたの?」

「ふぅ……なにがですか?」

「いや、なんか…怒ってる?」

「いいえ!全然、全く、なーんにも怒ってませんよッ!」

明らかに機嫌が悪いよね、と店主が腕を組みながら言うと、横で桃太郎さんがそうですね、と付け加えた。

「白澤様…一体また千那さんに何したんですか?」

「また、って酷くない?…まぁ、思い当たる節は色々あるけど」

「まったく…早く謝ってください。千那さんの機嫌悪いまま仕事したくありませんよ」

「…二人ともここに私がいるの忘れてませんか?」

新たに手に持った新品の薬ビンを桃太郎さんの作業台に置いて、私は呆れて口を挟んだ。
休憩しようと椅子に座ると、今度は店主が人の頭の上に顎を乗せてきた。

「お、ちょうど良い!」

「ふざけないでください。重いです」

「あ、また怒らせちゃった?千那ちゃん、機嫌直して〜」

「この状態で機嫌を直せとかよく言えますね。…私になんか構ってないで、早く女の子のお店に行ったらいいじゃないですか!」

「え?」

きょとんとした声が頭の上から聞こえた。
見れば目の前の桃太郎さんも作業を止め、目を丸くしてこちらを見ている。
頭の上にのし掛かっていた重さがふっと消えたと同時に、両手で頬を包まれ私の顔は上向きにさせられた。
覗きこむ白澤様の顔が触れそうなくらい近い位置にある。

「千那ちゃん、僕今日は女の子のお店には行かないよ?」

「…え?でも、じゃあさっきの電話は…」

「あぁ、仕立て屋さんだよ?千那ちゃんの服を頼んでたんだけど…あれ?いらなかった?」

「はくたくさまが…わたしに…?」

訳がわからず、頭を整理させてると桃太郎さんが確認するように問いかけてきた。

「もしかして…千那さん、なんか勘違いしました?あれ?でも…勘違いっていうか、これって、やきも…」

「うわぁっ!」

その先の言葉は、桃太郎さんが発する前に消えていった。
彼の言葉を止めようと上体を勢いよくおこした私の額と、白澤様の顎が鈍い音をたててぶつかった、そのお蔭で。

「…〜〜っ!!!」

「いたた…ごめんなさい、白澤様っ!!」

額を押さえながら、痛さに蹲る白澤様の赤くなってしまった顎に手を添える。

勘違い…も、したけど…それより…私が怒った理由って……

赤くなっていく頬に気付かれないように、これでもかというくらいの心配の声を白澤様にかけた。

「へ…平気平気!大丈夫だよ。それより…」

「え?え、ちょ…」

彼の顎にある手を取られ、私は更に動揺してしまう。
見慣れたはずの白澤様の瞳はいつもより真面目で、じっとこちらを見据えている。

ずるい…そんなふうに見られたら誰だって、動けない…

ぼうっとそんなことを考えていると、意を決したように白澤様が口を開いた。

「チャイナ服なんだけど、着てくれるよね?」

「は?ちゃい…な?」

「うん、チャイナ服って身体にフィットしてた方が良いから、千那ちゃんにピッタリのサイズで作ってもらってるんだよ〜」

「そ、そうだったんで……ん?あれ?いつ私のサイズ知ったんですか?白澤様」

「……あ」

「な、なんですか!?その、しまったーって顔!!」

言い争う二人を最初心配していたようにしていた桃太郎さんは、ふうと一息ついて作業に戻っていた。
一言、吐き出すように呟いて。

「…はぁ、イチャつくなら俺のいないとこでやってくださいよ」




数日後、またまたご機嫌の白澤様が持ってきたのは出来上がった私にピッタリなサイズの赤いチャイナ服。
案の定ギリギリな所まで真っ直ぐ入ったスリット、腕の空きは少し広め…うん、胸見えそうだわ。

「………着ませんよ?」

「うそっ!!!」

バッサリと切り捨てた私の言葉には何の迷いもなかった。

白澤様が誰かのモノになるのは嫌だけど、自分の所に来るのもなんか嫌だなぁ…

純粋に私はそう思った。
あぁ、今日もなんでかは知らないが…。



白澤様に腹が立つほど、心を奪われてます…私。




***



やきもちと嫉妬って一緒ですよね?


2014.6.4 鴇

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