「寝てんな」
「寝てるな」
吾代忍である俺は刑事である笹塚と共に、ぼんやりとソファの上で眠りこけている彼女の顔を覗き込んだ。力の抜けた、邪気のない表情だ。燦々と降り注ぐ太陽の光を心なしか心地よさそうに浴びている。
「気持ちよさそーだな」
「気持ちよさそうだな」
ぼんやりと呟くと、笹塚は俺を見て迷惑そうに眉をしかめた。
「……あんた、いつまでここにいるわけ」
「ここが俺の仕事場なんだよ!!」
てめーこそ何してんだ! 働け税金泥棒が!! と叫ぶと笹塚はしっと唇に人差し指を当てた。
「うるさい。起こしちゃうだろ」
笹塚が目配せし、俺は慌てて彼女の顔に目をやった。彼女は少し身じろいだだけで、ぐっすり眠っている。
「……ちっ」
笹塚の言うことに従うのは癪だが、こいつを起こしたくはない。俺は口を閉じた。しばらく沈黙が辺りを覆う。やがて、俺はぽつりと漏らした。
「……可愛いなよなァ」
「可愛いな」
「なんつーか……癒し系だよな。寝顔は」
「あんた何言ってんだ」
信じられないとばかりに笹塚が首を振る。
「こいつはいつどんな時でも癒し系だ」
「あんたそれ本気かよ!?」
俺はあいつの性格を思い出し苦笑いを浮かべた。お世辞にもこいつはいい子とは言えない。
「こいつはとんでもない女だぜ。人を平気で脅すし」
「今時それくらい強くなくちゃね」
「ガキのくせに舐めた態度を取りやがるんだ」
「堂々としているってことだろ」
「人によって態度を変えるんだ」
「TPOを弁えてるなんてさすがだ」
心なしかうっとりしている笹塚に、俺は半ば同情する気持ちが湧き上がってきた。
「……目ェ覚ませ、刑事」
「そんな可哀相なもん見るような目で見ないでくれる?」
「好きなのかどうか知らねぇけど、あんまし相手を妄信しすぎねェ方がいいぜ。それじゃあいつにゾッコンみてぇだ」
「そういう風にしか見られないし、そもそもゾッコンなんだからしょうがないだろ」
言っていることをさらりと肯定する笹塚に一種の余裕を感じ、俺は僅かに口を引き結んだ。そんな俺を笹塚がじろりと見る。
「……あんたこそこいつをけちょんけちょんに貶しているけど、本当にこいつのことが好きなの?」
「当たり前だ! 俺はこいつのそういうところもひっくるめて、こいつのことが好きなんだ」
そう、性格もよくないし俺のことをしょっちゅうおちょくるし、むかつくこともあるけど。それでも俺はこいつのことが大好きなのだ。
「……だから俺はあんたよりもこいつのことが好きなんだよ」
あてつけがましく笹塚に言って見せると、笹塚が何言ってんのと呟いた。
「相手の欠点すら愛おしいと思ってる俺の方があいつに恋してるに決まってんだろ」
「いい年したおっさんが恋とかきめーんだよ」
「俺の場合は結婚とかも視野に入れてるから」
「なん……だ、と?」
絶句し、その後何と切り返せばいいか迷っている間も、笹塚が僅かに勝ち誇った様子でいる間も、肝心のこいつは気の抜けるような表情で眠りこけ続けていた。その顔を見てあぁ、やっぱこいつのこと好きだわと心の中で呟き、ちょっぴりこっそり顔を赤らめた。