Drowing You.

□05
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それは、一年前のことだった。




「さ、君、自己紹介を」


担任の先生がやや戸惑った様子でわたしに話を振った。


「――何でクローンじゃないの?」「“転校って何?”」「普通の人のくせに」


声を潜めようともしない生徒達の、興味と好奇心と少しばかりの敵意が突き刺さる。わたしは全てを無視して、「神矢……しおんです」と名乗った。少し声が震えてしまう。わたしは不安で握りしめたくなる拳を押さえつけながら、少し視線を落とした。想像していたとは言え、彼らの視線を全て受け止めるのはきつい。


「君の席はあそこね」


窓際で一番後ろの机を指差され、わたしはその後何も言わず、黙って机の間を進んでいった。


「――神矢先生の娘だからって」「――へぇ、そういうこと」


彼らは偉人のクローンだから、一般より秀でた能力を持った人ばかりなのは当然だ。けど、わたしは普通の人間で、特に優れた資質を持っているわけでもない。わたしは席に着くと、はぁっと息を漏らした。授業でもしわたしがヘマをしたら、彼らは「神矢先生の娘だから、この学校にいれさせてもらえたんだ」「やっぱり凡人だなあ」などという眼差しで、わたしを見るのかな。


そう思うと、この学校に抱きかけていたほんの少しの期待が、萎んだ。


「――神矢さん」


ふと隣の男の子から声をかけられ、わたしはそちらへ目を向けた。黒髪は短くさっぱり切られている。髪と同じ色の瞳はぱっちりしていてお人形さんみたいだ。典型的なドイツ人顔がわたしに優しく微笑みかけている。軽く挨拶するように手をあげてくれた彼に、わたしは「あ……うん、」と答えることしかできなかった。


そのまま前を向いたものの、隣からの視線が気になってしょうがない。食いつくような、興味の眼差し。しばらく無視しても離れないそれにうんざりしたわたしは、


「クローンじゃないのがそんなに珍しい?」


と、若干の苛立ちを込めてそちらへ振り返った。そしてやっと気付く。彼からの視線からは、まったく敵意が込められていないことに。


「君とは仲良くなれそう」


やがて、彼が口を開く。


「……え?」


「うん、似てる」


彼の表情は優しいものだったが、同時にどこか悲しげでもあった。亡くした友達や家族にでも似ていたのかな。訊かない方がいいと思いつつもわたしはつい、「誰と?」と聞いてしまう。


彼は更ににっこり笑った。


「――僕と」


――君と?


そう聞き返そうとした瞬間、先生がいまだ騒然とする教室を沈めるべく、パンパンと手を叩いた。わたしへ向けられる興味の視線やざわめきが少しも減っていないことを実感しつつも、わたしは授業を受けるため前を向いた。それでも、気になってしばらくしてからちらりと彼を見てしまった。


――……変わった子だなぁ。誰のクローンなんだろ。


わたしはもらったばかりのノートや教科書を開きながら、密かに思考をめぐらせたのだった。




「神矢さん!」


授業が終わり、隣の彼がわたしに話しかけようと口を開いたその瞬間。


背の高い砂色の綺麗な髪の男の子がわたしを呼んだ。


「僕達と一緒に飯食わないか?」


隣には黒縁眼鏡をかけた黒髪の男の子が、後ろには少し長めに切りそろえた銀髪の男の子がこちらを見ている。僕達、とは彼らのことだろう。わたしは彼らを見つめ返した。興味や関心は感じるが、悪意はないようだ。なにより、親切と優しさを持ってわたしに話しかけてきてくれた。わたしは恐る恐る尋ねた。


「あ、うん……いいの?」


「もちろん。君の外での話、訊いてみたいなぁ」


嬉しそうに笑うと、砂色の髪の彼がわたしに手を差し出し、立たせてくれた。レディ・ファーストを自然にこなせるところがヨーロッパ人らしい。わたしは少しどきどきした。あぁ、けどわたしの腰に手を回した黒髪の彼は、日本人らしい顔つきをしている。遺伝子とかでなく、ヨーロッパ人の多い環境で育ったからかな。そこまで考えたわたしは、はっと後ろを振り返った。ドイツ人顔の男の子は、下を向いて鞄の整理をしていた。


「ねぇ……彼はいいの?」


砂色の髪の彼に聞くと、「彼?」と聞き返した後、あーっと合点がいったようにうなづいた。


「アイツは放っておいていいんだってさ。
――ヒトラーのやつは一人が好きなんだから」


――ヒトラー。わたしの目が大きく見開いた。


「ヒトラーって、アドルフの?」


「他に何だって言うんだよ」


おかしそうに笑う砂色の彼に、「うぅん、ただあのヒトラーのクローンまでいるんだなって思って」と答えれば、黒髪の男の子がぐりぐりと頭を撫で回してきた。


「まーなー。ココは偉人変人だらけだからさ」


冗談めかしたように笑う黒髪と、視界の端にちらりと見えた、にこりともせずわたしを観察し続ける銀髪の彼。わたしはああ、なるほどと納得する。ここには色んな人がいる。きっと、優しい人も意地悪な人も。


けど、きっとこの三人は優しい人だな。そして、ヒトラーの彼も。そう確信したわたしの背後で、教室のドアが閉まった。
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