Drowing You.

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朝の弱いわたしは、少しでも油断すれば意識は夢の中へと持っていかれてしまう。重みに任せて目を閉じた瞬間楽になる疲労感。頭の奥で広がる闇。意識せずとも再生される記憶の声。




――私……マリ・キュリーに……なりたくない。


――だって私……、マリ・キュリーのクローンだから。


――モーツァルトに生まれれば良かったな……私。


――ありがと……しおん。




「……マリ」


自分の声で、はっと意識が覚醒する。目を開いた瞬間、思いのほかナポレオンの顔が近くにあって余計にびっくりした。


「何だよしおん、起きてたなら言えって!」


「ナナ、ナポレオンこそ、何してたの!」


「いやあ、あんまり気持ちよさそうに寝てるから……」


「寝てるから?」


「……やっぱ言わない」


「えぇー、何でー!!」


むぅ、とむくれてみせると、ナポレオンがほらほら機嫌を治せと頭をくしゅくしゅと撫でてくれた。わたしはその感触の気持ちよさを瞳を閉じて体感しながらうっとりと目を閉じる。


「マリ、元気かなあ……」


「……しおん」


一瞬迷ったような沈黙の後、ナポレオンがからかうように言う。


「何だよ? マリ・キュリーが恋しい?」


「えっ?!」


慌てて目を開くと、案の定ニヤっと笑っているナポレオンの顔が目に入った。


「違っ……そんなんじゃなくて……」


一瞬、何に慌てているんだと自分に呆れ、それからふうっと息をついた。


「マリの転校は一応わたしが口添えしたわけだし……気になるじゃん」


「転校したのって、まだ昨日のことだろう」


ナイチンゲールの心配性が移ったか、と少し呆れたようにナポレオンが呟く。


「そんなに心配なら神矢先生に聞いてみろよ」


――そうだ、口添えしたのはわたしだけど、実際に働きかけたのは父さんだ。父さんに聞けば、なにか――


「――……いや……父さんには聞かない」


浮かびかけた考えを吐き捨てた。


「どうして?」


ナポレオンが間髪入れずに問いかける。


「またフロイトに馬鹿にされちゃうでしょ」


「あぁ――」


納得したようなナポレオン。




――父さん。父さん。父さん。父さん!


――しおんには分からないだろうけどね。だって君は僕らと違うんだから。


――僕らはクローンなんだ。




「……っ」


思い出して、眉を潜める。一緒にいる時間も長いけれど、喧嘩している時間も多い。時々感じるのだ、彼からのわたしへの悪意を。


それさえなければ、彼はとてもいい友人なのに。はあっと溜め息をつくと、ナポレオンが「まあ……アレは仕方ないだろ」とフォローした。


「この学園の生徒、お前以外皆クローンなんだあら。親のいるお前に対して、羨ましさもあればヒガミだってある」


確かにわたしは少し無神経だったかもしれない。自分の言動を見直して、反省する。昨日は、父さんがいれば大丈夫だという甘えを前面に出しすぎていた。いつも一緒にいるフロイトは、それで我慢の限界を感じたのかもしれない。それだったら。


「ナポレオンも……?」


フロイトよりもっと長い間一緒にいるナポレオンは、どうだろう。


「ん……まぁ……」


しまった、というようにナポレオンが顔を赤くする。


「慣れてるけどさ……」


――今までわたしが気付かないようにうまく隠してくれてたんだね。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ごめん……気をつけるよ」


「別にいいよ、事実なんだし」


本当にどうでもよさそうにそう言ってみせる。


「お前が悪いわけじゃない。……大体だな、クローン作るならクローンの親もちゃんと作ってくれりゃあいいんだよ」


「それって永遠にキリがないよ」


親のその親のそのまた親の……ってどこまで続けるつもり、と笑う。


「そんなことないだろ。生命の起源がある!」


「何億年分?!」


わたしに気を遣わせまいとする、ナポレオンのこういうさりげない優しさが好きだ。そんなことを考えていると、教室のドアが開き、一休とフロイトが入ってきた。


「オーッス」


「おはよう」


「やあ、一休、フロイト」


挨拶を返すナポレオンに続いてわたしも「お……おはよ」と声をかける。ただ、昨日のことを考えると、フロイトの顔を真正面から見てさわやかに挨拶、というわけにもいかなかったけども。


「……しっかし、やっぱ今日は昨日のクローン・ケネディで持ちきりだな」


「ああ」


一休の言うとおり、少し耳を澄ませば、恐れと興奮の入り混じったが聞こえてくる。――見た? ――ほんとびっくりしたよ。――オリジナルと同じ死に方をするなんて。


――“運命”なのかな!?


「“運命”ねぇ……」


随分な言葉を使うな、と一休が肩を竦めれば、フロイトが仕方ない、と息をつく。


「クローンだったら誰だってビビる」


彼はわたしを見ていなかったが、その言葉は明らかにわたしへの悪意が込められていて。


「あーーどうせわたしには分かんないよ!」


「ああ、だろうね!」


「おいおい」


カッとなって言い返すわたしに、ツーンとした態度をとるフロイト、そしてそれをとりなすナポレオン。


「授業を始めますよ」


そうこうしているうちに、先生が教室に入ってきたので、わたしはフロイトを最後にキッと睨みつけてから自分の席へと戻っていった。


「今日は身体測定日だから、その分授業時間が少ないですからね。いつも以上に大人しく授業を受けること」


注意事項を伝達する先生。


「ですがその前に、非常に残念なお知らせがあります」


クローン・ケネディのことだろうな、とわたしは直感した。


「あなた方の大いなる先輩であるクローン・ケネディ氏が昨日、不幸にも凶弾に倒れました。昨日のテレビ中継、ご覧になった方も多いことでしょう」


どんぴしゃり、だ。


「オリジナル・ケネディ氏が果たしえなかった夢を引き継ぎ、日々精進しておられましたので、このような事態になってしまったことが残念でなりません。ついては、皆さんで故人のご冥福をお祈りいたしましょう。そして、クローン・ケネディ氏の遺志を無題にしないよう、あなた方はクローンのオリジナルの名に恥じることなきよう、ますます日々の努力を怠らず精進するように」


何だよ、いつもと言ってること結局同じじゃん。小声でぼやきあう生徒達の中で、わたしはクローンって大変だなあ、と改めてしみじみ感じていた。
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