love me.
□看病していて。
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「ユキ……?」
ドアを開け、おそるおそる声をかければ、ユキがこちら側に赤い顔を向けた。
「ああ、あんたか」
声に元気がない。その様子に、涙がにじむ。わたしは勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
「ん……?」
「ユキに移すつもりはなかったんだけど、その……本当にごめんなさい」
「別に……移るの覚悟で看病したわけだし、気にすんな」
そう言うとユキは二、三回せきこむ。わたしはユキにかけより、大丈夫と声をかけた。
「熱い……」
「あんただってこれくらいあったぜ」
「あ、あの、」
わたしははっと思いついた。
「何か飲みたいもの、ある?」
「ない」
ユキはどこかぶっきらぼうに答えると、そっぽを向いた。
「いいから、出てけよ。また風邪引くぞ」
そのいつもから考えると冷たいとも思える行動に、わたしはとうとう涙がこぼれた。それを知られないように、がんばっていつも通りの声を出してみせる。
「う……ご、ごめん。じゃあ……お大事にね」
ユキは返事をせず、ごろりと寝返りを打った。わたしはずきんと痛む胸を押さえて静かに部屋を出た。そこには、早坂さんが立っていて、こちらを興味深げに見ていた。
「早坂さん」
「どうだった、ユキの容態は?」
「悪そうでした。熱もあったし、咳も……」
涙がぼろぼろ出て、止まらない。いくらかうろたえたように、早坂さんが「まさか、泣いてなんかいないだろうな? 勘弁してくれ」と言った。
「弟と違って私に女性の涙を見て喜ぶ趣味はないんだ」
「な、泣いてないですよ!」
わたしは慌てて背を向け、目をごしごしこする。
「そうだな、君は泣いてない」
早坂さんが落ち着いてわたしの言葉をなぞった。泣いているところを見られた気もするけれど、早坂さんがそう言うならわたしがちょっと泣いたことはばれていないんだろう。良かった、と少しほっとした。
「でも、もしかしたら君の心は苦しんでいるかもしれないね」
早坂さんの声が優しく響く。わたしははっとした。息を吸い、「なんでそう思うんですか?」と振り返った。
「何、君のことを知っていれば、そして表情を見れば、誰だって分かるさ」
早坂さんはそう言い、ははっと笑った。目元を拭いたわたしは彼を見上げ首をかしげる。彼は続けた。
「君は人の役に立ちたいという願望を持っている。親しい人に対しては、特にそうだ。ましてや君はユキのことが好きなんだろう?」
「す、好き!?」
「違うのか?」
「い、いえ! あの、いや、好きですけど、あ、あの!」
「……ぷっ」
早坂さんが噴き出す。わたしは大声を出した。
「な、何で笑うんですか!」
「動揺しすぎだ、お嬢さん。別に恥ずかしがるようなことじゃない。いいじゃないか、ユキは君に好意を抱いている。これで、ハッピーエンドだ」
「……わからないんです」
わたしはきゅっと引き結んだ口を解きそうつぶやく。早坂さんが片方の眉を吊り上げた。
「胸はどきどきするし、何だか恥ずかしくなってたまにどうにかなっちゃいそうになるし、気付けばユキのことばかり考えちゃうし」
それに、ユキにこっちを向いていてほしいと願うために、やこちゃんを嫌いになりそうになっちゃったり、悔しくなったり、悲しくなったり。こんな苦しい思いをする時があるなんて、わたしは知らなかった。
「わたし、こんなの初めてなんです。そりゃあ、友達からは恋がどんなものか聞いたことあるし、結構当たってるから、ユキのこと好きなのかなあって、思いますけど……自信はないです」
語尾が小さくなり、わたしは口を閉じる。早坂さんはそんなわたしを見て、優しく目を細めた。
「一にも二にも、経験することだ。そうしていくうちに、思考は明確になっていくものだ。それと、ユキの役に立ちたいなら、我慢せずにその通りにするがいい。子どもは人のことなど気にせずに自分のしたいように振舞うものだ」
――子ども。その言葉にはっとする。こないだのユキの言葉が頭を過ぎった。何をするべきか、分かったような気がした。
「早坂さん!」
「ん?」と早坂さんが首を傾げる。わたしはにっこり笑うと勢いよく頭を下げた。
「アドバイスありがとうございます!」
「……どういたしまして」
早坂さんはふっと笑うと自分の部屋へ引っ込んでいく。わたしはそれを見送ると、キッチンへ走っていった。
「ユキ!」
お盆を持っていたから足でドアを蹴破る。ユキが突然の音に驚いたのか大きくせきこみこちらを驚いたように見た。
「ユキ!」
「何だよ。何であんたがここにいるんだよ」
「水! おかゆ! 持ってきた!」
「は?」
「待っててね、今飲ませてあげるから!」
「おい、如月」
わたしは耳を貸さず、コップを彼の口元に押し付ける。
「あーん」
「あーん、て、こら」
「いだっ」
額を軽くでこぴんされて、わたしは軽く涙目になる。
「移るから他所へ行けって言っただろ」
「だって、ユキはわたしの看病してくれたじゃない!」
ユキがわたしの剣幕に少しひるむ。わたしは大きな声で「だからわたしもユキの看病するの!」と宣言した。
「でも」
「してもらったことをし返しているだけだよ。それの何が悪いの?」
心が動いたのか、ユキの目が揺れる。わたしはあともう一押しだ、と自分を励ました。
「わたしはユキの看病をしてあげたい。それくらい、させてよ。精々こういう時でしか役に立てないんだから」
ユキは黙ったままだった。わたしは力を込めてユキを見つめていた。やがて降参したように、ユキがため息をつき、小さく笑った。
「分かった。じゃあ今日はあんたに甘えることにする」
「うん!」
やったあ! ガッツポーズをするわたしに、ユキが少しだけ嗄れた声で「じゃあ、水を飲ませてくれ」と言った。
「うん!」
「口で」
「……え」
一瞬思考が止まり、それから「ええぇぇぇ?!」と叫ぶ。
「む、むりむり!」
「無理じゃない。できるだろ、如月?」
「う……」
「俺の役に立つんじゃなかったのか?」
優しくうながすユキの瞳は、意地悪く光っている。このままじゃいつまで経ってもユキにいじめられっぱなしな気がして、わたしはちょっぴり悔しくなった。よし、こうなったら強硬手段だ。
「えい!」
わたしはコップをユキの口に近づけると、そのまま押し当て水を流し込んだ。