love me.

□子供のように、
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「はい、もしもし」


 如月の番号からかかってきた着信に疑いもなく出ると、「おまえ、ユキか?」と少し高めの男の声が聞こえた。如月じゃない。俺は身を硬くし「誰だあんた」と威嚇した。


「この番号は如月の番号だぞ。如月はどうした」
「寝ている」


 変な薬を飲まされ寝かされ、どこかの密室に閉じ込められている如月を連想し、俺は低い声を出した。


「手を出したらただじゃすまねーぞ」
「それはこちらのセリフだ!」


 なぜか逆切れされる。


「おまえこそ如月に手を出すな!」


 その口ぶりだと、俺達に恨みのある人間ではなく、如月に好意を抱いている人間らしい。暴力を振るわれることはないと、少しだけ安心し、その後障害となる人間を速やかに再起不能にする決意を抱く。俺はできるだけ余裕な雰囲気を醸しだした。


「は? あんた何か勘違いしてない? 如月は体に隅から隅まで俺のものなんだよ。あんた如きが手を出していいもんなんじゃない」
「か、体の隅から隅だと!? な、何をした、一体何をしたんだ!」
「そんなこと、誰があんたに教えてやるもんか」


 相手の反応に満足感を抱き、口の端を吊り上げる。


「まあ、あんたがしたくてしたくてたまらないことだろうだな。おい、如月にそんなことをしたら殺すぞ」
「だ、誰がするか! はしたない!」
「へえ、じゃああんたは寝ているだけの如月を見ているだけで十分だってのか? あんた、それでも男かよ」
「男である以前に、私は父親だ!」
「ん……?」


 父親。妙な単語だ。それに、どこか会話に齟齬を感じる。そういえば。どこかで聞き覚えのある声だ。俺はある一つの可能性に思い当たった。


「もしかしてあんた、如月の“お母さん”か?」
「そうだ! あ、いや、そうじゃない! 父親だ!」


 その言葉で、相手は如月の“お母さん”こと笛吹直大だったということを確信する。誘拐などではなくて本当に良かった、と俺は胸を撫で下ろし――さっと顔を青くする。もしかして俺、好きな子の親に結構とんでもないことを口走ったり?


「それより、ユキ、おまえ如月にあんなことやこんなことをしたらしいな!」
「ユキって言うなよあんたに言われると気持ち悪い」
「仕方ないだろう、如月の携帯にそう登録されているんだから……って、話を逸らすな!」
「失敗したか」


 ちぇっと口を尖らせると、「ちぇっ、じゃない!」という怒声が耳に飛び込んできて、俺は手にしていた携帯を耳から遠ざけた。それから慌てて「まだ何もしてねーよ」とフォローした。


「あんたが如月を誘拐した変態だと思ったから、諦めさせるためにああ言っただけ」
「それは本当だろうな!?」
「当たり前だろ。如月にそんな酷いことできるかよ。それより、何で俺に電話したんだ? しかもよりによって寝ている如月の携帯で」


 気になっていたことを聞けば、笛吹は一瞬で興奮が冷めたのか、ああと答え僅かな沈黙の後「如月が熱を出したんだ」と言った。俺はえっと声を出してしまった。


「何でそれを早く言わないんだよ!」
「おまえが話をややこしくしたんだろうが!」
「いや、あんたのせいだ。で、大丈夫なのか?」
「一応薬を飲ませて眠らせている。点滴もさせたし、大丈夫だろう」


 どことなく曖昧の滲む言葉に、俺は笛吹自身の不安を感じ取る。


「だが、こんなことを言うのも心苦しいんだが、仕事が溜まっていてな、どうしても署へ戻らなければならなくなったんだ。一応仕事はここでやって、部下達の指示は電話で下しているんだが」
「いいよ、言い訳は」


 俺は穏やかに遮る。


「あんただって、できる限り如月の傍にいてやってたんだろ、その様子だと」


 お疲れさん、とは言わない。笛吹も、肯定も礼も謝罪もしない。


「……如月が目覚めた時に一人だと、きっと心細く思うだろう。だから、もし時間があれば、うちへ来て看病してやってくれないか」


 俺はふっと笑った。


「もう向かってる」
「……助かる」


 俺は電話を切った。それからタクシーを捕まえるために、大通りの方へと走っていった。





「如月は?」


 彼女のマンションにつき、インターホンも鳴らさずに部屋へ上がりこんだものの、笛吹からのお咎めはなかった。開口一番の俺の言葉に驚くことなく「あそこだ」と奥の部屋を指差す。


「あまり大声を出すな、目を覚ます」


 警察の言うことなんか聞くのは真っ平だと思っていた俺だが、その一言に如月を思い出し自分を抑えると静かに奥の部屋へ入る。
 ぼんやりと光の差し込む奥の部屋は、絵本に出てくるような子ども部屋のようにカラフルでごたごたしている印象を与えたが、清潔と整頓は一応なされているようだった。彼女は部屋の奥にある小さなベッドに寝かしつけられていた。俺は足早に歩み寄ると額に手を乗せ顔をしかめる。


「熱いな」
「夕方になったら、顔につけている熱冷ましのシートを交換してくれ」


 笛吹が部屋に顔を覗かせる。


「目が覚めたら台所にあるおかゆを食べさせてやってくれ。あと、水も飲ませろ。くれぐれも、くれぐれも、卑猥なことをするんじゃないぞ!」
「分かってるって」


口うるさいと俺はさらに嫌そうな表情をしてみせた。


「ほら、さっさと仕事行けよ。あのテロの犯人探すので忙しいんだろ」
「いや、犯人は分かっているんだ」


 どこかしおらしい口調で大人しく答える。その意外な態度と返答に俺は「へえ」と口角を吊り上げた。


「案外警察も無能ってわけじゃなかったのか」
「馬鹿言え。優秀なエリートたちを選りすぐって、不眠不休で働かせれば、世界最高峰の探偵に匹敵するほどの力を発揮するんだぞ。おまえも名前くらい聞いたことがあるだろう。葛西善次郎という放火魔の名前くらい」


 ああ、と俺は思い出す。確か一時期ド派手な放火魔として警察と競り合い裏社会を賑わせた男がいたな、と。何度も犯行現場を取り押さえられているにも関わらず、派手な損傷を人と建物に残し姿を眩ませる、そんな姿に憧れを抱く人間も当時は少なくなかった。


「随分トチ狂ったヤツだって聞いたことはあるけどな」
「そいつが一連の放火の首謀者だ」
「へえ」
「おまえも精々、焼かれないように気をつけろ」
「誰に物を言ってるんだよ」
「おまえこそ、物の言い方がなってないぞ!」


 生意気な口を叩いてみせたらがみがみ怒鳴りつけられる。俺はうるさいと逆に注意をしてやった。


「いいから、さっさと仕事行けって」


 笛吹は少し躊躇い、それから「娘を頼んだ」と小さな声で俺に告げた。俺はにやっと笑った。


「気にすんなよ、“お母さん”」
「“お父さん”だ!」
「じゃあな、お義父さん」
「誰がお義父さんだ!」
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