love me.

□恋の話をして。
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「ロクな男が、いない!」


 お弁当箱を開けながらかなちゃんが叫ぶ。やこちゃんが苦笑いを浮かべた。


「ああ……また別れたの、叶絵?」
「条件を満たす奴がいないのよ」
「条件が高すぎるんじゃない?」と口を挟めば、かなちゃんにきっとにらまれて、泣きそうになった。


「あんな格好いい彼氏を捕まえてるあんたに言われたくないわ。この幸せ者め」


 彼氏じゃないんだけどなぁ。わたしは心の中でつぶやくと、卵焼きを口に運んだ。うん、おいしい。


「ねぇ、ヤコ。探偵してれば色んな人脈できるでしょ? 誰かいないの、いい男?」
「んー、個人的にはそれぞれに魅力のある人ばかりだと思うけど」


 やこちゃんがそう言えば、かなちゃんが「じゃあさ、」と身を乗り出す。


「私がこれから理想像を言ってくからさ、その条件を満たす人を探してよ」
「いいよ。じゃあ絵にしてみよっか」


 やこちゃんがおはしではなくペンを持つのを見て、珍しいこともあるんだなとわたしはしみじみ思った。


「まずね、身長は高い方がいいな」


 身長高い方がいいんだ。ユキ、結構背が高いよね。


「ほうほう。結構いるかな」
「ちょっと日本人離れしてる位がいいな。鼻筋とか通ってて」


 うん、ユキの髪の色、ちょっと薄くて外人さんみたいだよね、と思い出す。あのさらさらした髪の毛にはいつか触ってみたいものだ。怒られそうだから、まだチャレンジできてないけど。


「手とか口とか大きい方が好き。包容力ありそうでしょ」


 そういえばユキも手、大きいよね。この間手をつないだ時とか、すごく包み込まれている感があった。


「あとはぁ……痩せ型でスーツとか似合う人で。髪の毛は短いより長いほうがいいな」


 やせてるし、スーツ姿は見たことないけどきっと似合う。髪の毛も、短くはない。……どうしよう。わたしはショックを受けた。かなちゃんの理想の男性、ユキだ!


「早速オチいっちゃった!」
「だ、だめだよ、ユキはあげないよ!」
「何言ってんの如月」


 本当に何を言っているんだと言いたげなかなちゃん。どうやら、狙っているのはユキではなかったらしい。ちょっぴりほっとした後、何で自分はあわてたりほっとしたのかな、と首をかしげた。答えはわからなかった。まあいいや。


「それよりヤコ、いるの、そんな人!?」
「いるけど、こいつだけはやめよう」


 やこちゃんの顔はげんなりしている。


「間違いなく人生台無しになる。一日平均10DVは喰らうから、それを365日。3年も付き合えば、1万DVの大台に乗るよ」
「DVって単位なの!?」
「ねぇねぇかなちゃん、」


 わたしは口をはさむ。


「DVってなに?」


 かなちゃんがつんと向こうを向いた。


「優しくて格好いい彼氏を持ってるあんたには無関係の話よ」
「まぁまぁそうつんけんしないの、叶絵」


 泣きそうになるわたしをかばってくれるやこちゃん。やこちゃんはかなちゃんより優しい。もちろんかなちゃんも優しいけどね。


「DVってのはね、簡単に言うと意地悪したり暴力振るったりかな」


 いじわるしたり、暴力ふるったり。わたしの頭の中で、クレープを一口食べたり、不良のお兄さんたちをなぐったりしているユキの姿が思い浮かんだ。


「ユ、ユキ……!」


 ユキはDVだった……! そのことに打ちひしがれているわたしに、かなちゃんたちがぎょっとする。


「心当たりあるの!?」


 この様子だと、DVはいけないことらしい。もしユキがDVだってバレたら、みんなにいじめられてしまうかもしれない。ユキのためにも、隠し通さなければ! わたしの中に使命の炎が燃え上がる。


「な、ないよ!」


 力一杯否定する。かなちゃんがじーっとわたしを見つめた。


「……如月」


 そしていきなり制服の袖をまくりあげる。突然のことに驚ききゃあと叫べば、かなちゃんにうるさいと怒られる。かなちゃんはわたしの腕を念入りに調べると、「……どうやらあんたには暴力振るってないようね」と手を離した。


「あ、当たり前だよ! ユキがわたしに暴力なんて……」
「まあ、あんたも気をつけなさいよ。カっとなって彼女に当たっちゃうってこともないわけじゃないし。まぁ、あの優しそうな人だったら大丈夫だろうけど……」
「そうだね。ユキさんは、大切な人を傷つけるような人間じゃないし……」


 やこちゃんもかなちゃんに同調して、わたしを見る。二人のわたしを見る目が何だか腫れ物を見るようだったのが、少し悲しい。


「それにしてもヤコ、そんな最悪な奴が身近にいるんだ……」
「うん。怖いほど身近に」
「そんな奴と一緒にいる人間の気が知れないな……じゃあ条件変えようかな」


 かなちゃんはうーんと考え込むと、「痩せ型好きって言ってたけど、ガッシリタイプも好きだな」と言った。


「なるほど」
「と言いつつ、体格の小さな年下タイプも案外好み。あと、オジサマタイプに守られるのも嫌いじゃない」
「あ、あれー?」


 頭が混乱し、わたしは情けない声を出してしまう。やせてる人とがっしりしている人って正反対だし、年下の人とオジサマって、やっぱり全然違うのに、どっちも好きってどういうこと? 隣を見れば、やこちゃんも同じようにかなちゃんをびっくりしたように見つめていた。


「ちょ、ちょっと叶絵、もうちょっと絞ろうよ! これじゃ九割方の男の人含まれるよ!」
「ダメダメ! こういうのは妥協しちゃいけないの! いーんだよ、最終的にカッコ良けりゃ」


 あーもう、線がたくさん重なっていて、わけがわからなくなっちゃった。やこちゃんのぼやきはかなちゃんには届いていないようだ。「さー、どんどん行くよ!」などと元気に宣言している。


「なんだかんだポッチャリ型も嫌いじゃなくてえ……」
「わわっ、ちょっと待って」
「意志の強そうな人もいいしー、キョロキョロ周り見回すような気の弱い奴もキュンとする。あと、力こぶを誇示するようなマッチョマンとかあ……ジャラジャラ飾り立てるチャラい奴も結構……」


 わたしはユキを思い浮かべる。意志は強い。かと思えば不安そうにわたしを見つめる時もある。あと、ユキはぱっと見てそうは見えないけど、わたしを軽々とおぶったりできるし、本当は力持ちだ。何だかんだでユキって最強なのかも。なんて色々考えているうちに、やこちゃんが書くのをやめた。あきれたようにため息をついて、かなちゃんに無言でスケッチブックを手渡す。わたしはかなちゃんと一緒に絵をのぞき込み、うっとうめいた。そこには顔が三つある、観音様のような変な絵が書かれていた。とてもこんな人と付き合いたいとは思わない。


「ふぐぅー……」


 かなちゃんが嫌な汗を浮かべる。やこちゃんが「欲張りすぎるから……」と溜め息をついた。


「結局かなちゃんさ、男の人だったら何でもいいんじゃない?」
「如月が的を射たことを言ってる!」
「ちょっと、それどういう意味よー!」


 やこちゃんに怒って文句を言うが、やこちゃんは「あーあー、何回も描き重ねすぎたから、メチャメチャ裏うつりしちゃったよ」と嘆くだけでわたしの怒りは軽く流されてしまう。更にかなちゃんが「好きといえば、最近見ないね」と別の話題を提供して、完全にこの話はお開きとなってしまった。


「ヤコが好きで尾け回してた浅田先輩」
「うーん。いつも教室の外に貼りついてこっち見てたけど、いなくなるとちょっと寂しいね」


 わたしは教室の外の方へと目を向ける。そして、壁に妙なシミを発見した。


「……なにあれ?」


 やこちゃんも同時に発見したらしい。同じ方向を見て首をかしげている。


「なんだろ。教室の中にこんなシミあったっけ」
「さあ」
「でも、確か丁度この向こう側にあの人が密着して……」


 ひょこりと立ち上がると、歩いていって教室の外の壁を覗き込む。そして、三人とも無言になった。そこには、浅田先輩の顔と体の形をした染みがついていた。わたしは浅田先輩が壁にはりつく様子を思い浮かべ、あっと声を上げる。


「分かった! 油が裏うつりしたんだよ!」
「なるほど」


 やこちゃんが納得したようにうなづく。わたしは嬉しくなった。


「偉いでしょー、褒めて褒めてー!」
「偉い偉い」


 やこちゃんの手がわたしの頭を撫でた。ほっぺたが緩む。かなちゃんがはあ、とため息をついた。


「お互いロクな出会いがないみたいね」
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