love me.
□お祝いをして。
1ページ/2ページ
「どうだ、学校は」
カキフライをほおばっていると、お母さんがこほん、とせきばらいをしてからそう尋ねてきた。最近のお決まりのやりとりだ。わたしはかんでいるカキフライを飲み込むと、いつものように力いっぱい「面白かったよ!」と答えた。
「今日はねぇ、えぇーっとね……あれ、何があったっけ」
わたしは再びカキフライを口の中に運びながら考える。ゆっくりゆっくり考える。お母さんはせかさずにうんうん、と聞いてくれる。
「あ、そうだ! 進路希望の紙配られたよ!」
「何!」
「うわあっ! ななな、何でそんなに驚いてるの!?」
「当たり前だ! そういう大事なことは早く言えっ!」
「ごめんなさい」
「うん、よし。……で? お前は何て書いたんだ?」
「何か隣でやこちゃんがバイキングって書いてたから、わたしもとりあえず海賊王って書いといた!」
「なるほど、バイキングと海賊をかけたのか。もしかしたらうちの子は実は割りと知的なのかもしれない……」
お母さんがなにやら考え込む。わたしは首を傾げた。怒らないの、と。お母さんは首をすくめた。
「ふざけて書いたのは感心しないが、本番の紙じゃないんだろう? なら、問題はない。本番の紙を書くときには、きちんと私に見せてからにしろ」
「はーい!」
わたしは元気よくうなづく。お母さんはなぜか額を押さえて溜め息をついた。
「いつも返事だけはいいんだが」
そう呟いた時、丁度ぴんぽーん、とドアのチャイムが鳴った。
「誰だろ……」
訊き返すより早く、「どうも、早坂です」と聞き慣れた声がドア越しから呼びかけた。お母さんがガタガタっと椅子からすべり落ちた。
「おまえっ!」
「ちぇ、二度も引っかからないか」
「当たり前だ、私を何だと思っている!」
「どーでもいいんだけど、早く開けてくんない? 一刻も早く如月に会いたいんだよ」
「誰が開けるもんか! そっちへは私が送っていく! いいからおまえはとっとと会社へ行け!」
「ユキー!」
「如月!」
お母さんがユキと仲良く会話している間、わたしは勢いよく立ちドアへと飛びついていた。
「会いたかったよー!」
「そうかそうか、俺も会いたかったぜ、如月」
扉を開けると、ユキはいつもと同じ格好でいつもと同じように笑っていた。嬉しそうに笑うと、がしがしとわたしの頭をなでてくれる。お母さんが歯ぎしりをした。
「如月! 勝手に開けるな!」
「えーでも相手はユキだし、お母さんもいるし」
「お母さんじゃない、お父さんと呼べっ!」
「そんじゃ」
ユキはわたしとお母さんのやりとりを聞いているのかいないのか、よいしょとわたしを抱っこした。わたしはユキの肩にしがみついた。
「如月借りてきますわー」
「こらっ!!」
お母さんがおはしを振り上げる。わたしは笑って大きく手を振った。
「いってきますー!」
「人の話を、聞け! 如月!」
「お母さん、何か叫んでたね」
しばらく経って抱っこから下ろしてもらった後、ユキにそうたずねてみる。ユキは何食わぬ顔で「あぁ、」と答えた。
「いってらっしゃい、上司と仲良くなーって言ってた」
「あれれ、そんな感じだったっけ?」
「そうそう」
お母さんと早坂さんとの間に何が交わされたのか、わたしは知らない。けれど、気付いた頃には、お母さんは不満顔ながらもわたしの夜勤を送り出すようになっていた。しぶしぶといった感じが否めないけど、このバイトが認められたようで嬉しい。わたしは顔をほころばせた。
「それで? 今日の学校はどうだった?」
「今日はね、えっと、進路希望の紙を書いたよ!」
「へぇ、何て?」
「うんとね、やこちゃんがバイキングって書いてあったから、とりあえず海賊王って書いた!」
「よーしよし、あんたは本当に馬鹿だな」
「えへへー」
ユキがわたしの頭をぐしゃぐしゃにして笑った。
「でも、あんたの進路は決まってんだろ」
「え、決まってるって?」
「俺んとこにそのまま正社員に決まってんだろ」
「えぇ、そうなの!?」
「あんたが嫌って言っても、無理矢理正社員にしちゃうからな」
「え……えぇぇ!? む、むりやり!?」
わたしはユキをまじまじと見つめた。お母さんがいるのに、無理矢理正社員にしちゃうなんて、なんていうか……すごい。強い。勇気がある。ユキがわたしを真顔で見つめ返す。やがて、ぽんぽんとわたしの頭を叩いた。
「冗談だ。あんたの意志を無視して何かしようなんて真似はしねーよ」
「えぇ?」
まるで、わたしの意志を尊重するとでも言うようなユキに、わたしは目を丸くした。
「すごい、ユキが優しい……」
「俺が優しかったらおかしいのかよ」
むっとしたような表情の後、ユキは柔らかく笑ってみせた。