ユキ連載BOOK

□俺を愛して。
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「お、お前は――」
「どうも。早坂幸宜です」


 ドアを閉められないように体をするりと滑り込ませ、にやりと笑ってみせる。


「な、何の用だ!」
「言っただろ。ちょっと忘れ物届けにきただけだって」


 勝手にくつを脱ぐと、わたしの方へとつかつか歩いて行く。そして、ぬっとかばんを突き出した。


「はい、忘れ物」


 ユキの目は少しためらって――いや、怖がっているように見えた。


「あ、ありがとう」


 何をすべきか、どんな表情をすればいいのか分からないわたしは、受け取ろうと手を伸ばす。けど、わたしがかばんをつかんでも、彼はかばんをつかむ手を放さない。


「……え」
「さっきはごめん」


 微かに彼の声が震えているのに気付く。


「俺、どうかしてたんだ。あんたがいなくなるかと思うと、混乱しちまって、それで……」


 わたしはユキを見上げた。ユキが一瞬怯んだが、それでもわたしをしっかり見つめる。


「自分から突き放しておいて、今更会いたいなんて、都合のいいかもしれないけど」


 ゆっくり、彼の唇が動く。


「俺達は……いや、俺は、あんたを必要としているんだ」


 それは、わたしが欲しくて欲しくてたまらなかった言葉だった。


「俺はあんたが好きで好きでどうしようもなくて。一緒にいられないと、どうしようもなく寂しいし、胸が苦しくなる」


 彼の瞳からびしびしと伝わる必死さが、わたしの心をもみしだき柔らかくする。乾いた砂に水を垂らした時のように、彼の言葉が染み込んでいく。


「頼む……」


 ユキが頭を下げ、声を絞り出す。


「あんなことをしておいて今更なことは分かってる。けど、ほんの少しでもいい。俺に、ほんの少しでも、未練があったら。ほんの少しでも、俺と一緒にいたい気持ちがあったら」


 かばんをつかむユキの手が震えている。


「戻ってきてくれないか」


 わたしは、口を開いた。声が出なかった。深く息を吸う。声が、出た。


「ず、ずるいよ……」


 わたしの声も震えていた。


「そんな風に言われたら…戻りたくなっちゃうじゃない」


 ユキに飛びつき、その体をぎゅっと抱きしめる。一瞬驚いたように肩をびくりと跳ねさせたが、やがてゆっくりとわたしの頭を撫でてくれた。


「言ったろ。俺は悪い奴なんだ。利用できるもんなら何でも利用するぜ」


 耳元でささやくその声が優しくて、わたしは顔をくしゃくしゃにして笑った。


「で。返事は」
「ここまで言ったらもう返事なんて分かったようなものじゃない」
「俺は、あんたの口から聞きたいんだ。あんたをうちに住まわせた時みたいに」
「わたしは……」


 改めて口にすると、何だか恥ずかしい。けど、口に出してほしいというユキの気持ちも分からなくはない。だから、わたしはがんばって声に出した。


「わたしも、ユキと一緒にいたい」


 ユキの表情が安堵したようにゆるむ。わたしはユキにそっと顔をうずめた。


「わたしも一緒に連れてって」


 頭の上で、ユキがくすりと笑い、甘い声で呟いた。


「……了解」





「貴様ら……っ!」


 ユキが応えるようににやりと笑った瞬間。お母さんの声がして、わたしはお母さんを伺い見た。ユキも同じ方向に視線を向ける。そして同時に顔をひきつらせた。お母さんの眉間に太い皺が何本もできていた。――怒ってる。


「とにかく……離れろっ!!」


 ずかずか歩み寄るとべりべり音が立ちそうな勢いで引き剥がした。


「親の前で何て不埒で大胆なことをしているんだ! そういうことは人目につかないところでやるのがマナーだろう!」
「聞いたか、如月。見えないところでやれってさ」
「そうとは言っていない!」


 お母さんの怒声に首を縮めこませる。


「二人きりになったら如月に何するか分かったもんじゃないだろう!」
「あ、分かります?」
「危険だ、危険!!」


 ぐるんと振り返り、わたしに指を突きつける。


「この男は危険だ! 警察官の本能が告げている! あぁ、この男はヤバいぞ!!」


 そして、ぐいっとわたしに顔を近づけ、声のトーンをふっと落とす。


「おまえは、それでもこの男と一緒にいたいのか」


 お母さんは明らかに嫌そうだ。もしお母さんだったら、きっとここで首をぶんぶん横に振るだろう。
 けど。わたしは、ユキと、早坂さんと。一緒にいたい。
 こんなわたしを必要だと言ってくれたから。好きだと言ってくれたから。そして何より、わたしが彼らのことを好きだから。


「うん」


 しっかりお母さんの目を見てうなづけば、お母さんははぁっとため息をついた。嬉しそうに笑むユキを物凄い形相でにらみつけ、貴様! と叫びながら指を突きつける。


「如月は私の大事な娘だ! 手を出したらただじゃおかないからな、覚えておけ!」


 とりあえずは如月に免じてその胡散臭げな会社に手を入れることはやめておいてやる。
 少しそっぽを向いてそう呟くお母さんに、ユキの表情が一気に明るくなる。
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