ユキ連載BOOK

□俺を愛して。
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「ところで、明日は何時に帰ってくるんだ?」


 温め直されたカレーをほおばりながらお母さんが聞いてくる。


「私は確かに忙しいし、早く帰れない日もでてきてしまうかもしれない。だが、これからはできるだけ帰ってくるようにしよう」
「本当?!」
「あぁ。お前は確か部活にも入っていなかっただろう」
「うん、でも――」


 その代わりわたし、バイトしてるんだ。何度もくり返したセリフが口から出かけて、あわててだまり込む。


「何だ。言ってみろ」
「うぅん、別に何でもない」
「何でもなくないだろう」


 するどい視線。わたしは肩を縮めた。


「もう終わったことだから、いいの」
「いいから、話してみろ」


 わたしはあきらめて、息をついた。


「うぅん、バイトのこと思い出して」
「バイト?」


 眉をぐぐっと吊り上げる。


「あの悪そうな男か?」
「悪そうなんて――あ、いや、」


 別れる直前の彼を思い出し、わたしは苦笑いを浮かべる。確かに、ユキはいい人、ではないかもしれない、けど。




 ――「あんたが気づいてないだけで、あんたはちゃんと俺たちの役に立ってるよ」




 やっぱり、悪いところばかりじゃないと思う。


「それがどうかしたのか」
「あ、うん、ちょっと……けんか別れしちゃって」
「ちゃんと挨拶してこいって言っただろう?」
「うん、でもまずその前に相談しようと思ったんだけど……」




 ――「あんた、こっから出てけよ」
 ――「そもそも、俺とあんたじゃ住んでる世界が違うんだよ」




「相談する前に嫌われちゃったみたいで……」
「嫌われた?」
「うん……」
「あの、ユキとかいう男にか?」
「う、うん……」


 自分で言っていて悲しくなってくる。


「あいつがおまえのことを嫌いと、そう言ったのか」
「嫌いとは言ってないけど……」


 でも、きっと嫌いなのかもしれない。わたしはユキのこと好きだったんだけどな……そう考えて、気分がますます落ち込んだ。


「悲しいのか」


 不意にお母さんが口を開く。


「何が?」
「ユキとかいう男に嫌われることが、だ」
「もちろんだよ」


 すぐに答えると、お母さんが少しだけ顔をくもらせた。


「おまえはバイトを続けたかったのか?」
「わたしは……」


 続けたかった。違法なところで働くなんて、お母さんは怒るかもしれないけど、それでもあの意地悪だけど親切で優しい人達と一緒にいたかった。


「言いたいことがあれば、きちんと言え」


 お母さんが静かにうながす。怒っているようには見えない。わたしは一回だけ深呼吸した。


「ねぇ、お母さん。わたし、お母さんのこと大好きだし、すごく尊敬してる。本当に頭いいし正義感あるし大きくて実は優しくてかわいらしいし。だから、わたしもお母さんみたいになりたくて、一生懸命頑張ってた」


 わたしの違法行為に対する拒絶反応は、きっとお母さんの影響を受けているんだと思う。


「けどね、お母さん。わたしを信頼してくれて、必要としてくれている人を振り払ってまで、法律って守らなくちゃいけないのかな」


 麻薬とか、暴力とかいけないことなのは分かるよ。でも、数少ない信頼している人達と離れてでも、正義って貫かなきゃいけないのかな。


「わたしには分からない。お母さんには――分かる?」
「……」


 お母さんがじっとわたしを見つめた。


「おまえは、あいつが好きだったんだな」
「うん。好きだった」


 こくりとうなづけば、お母さんははぁっと溜め息をついた。


「――私にも分からない」


 その言葉にあら、と驚く。お母さんにも分からないことがあったなんて。でも、確かにお母さんも人間だ。分からないことがあっても、不思議じゃないのかもしれない。


「だが、いざという時は、おまえがしたいようにしろ。私のしたいように、ではなく」


 お母さんがじっとわたしを見つめる。今までこんな風にじっくり話す機会はなかったから少し不思議な気分だけど、けど嫌な気分じゃない。わたしは大きくうなづいてみせた。
 その時。玄関のベルが鳴った。
 お母さんと同時にドアへ視線をやる。そして顔を見合わせた。


「出ていい?」
「いや、危ないから私が出る」


 スプーンを置き立ち上がると、インターフォンのボタンを押した。


「何か用でも?」
「あ、俺、早坂っていいます」


 ユキの声だ。わたしは信じられない思いでドアを見つめた。


「お宅の娘さんが忘れ物してて、それを届けに来たんですけど。開けてもらえますか」


 そうなのか、とわたしに視線を向ける。そういえば、物音に驚いてちょっと出てきただけだったから、早坂さんのところにかばんを置いてきてしまったんだった。わたしはうなづいた。お母さんが半信半疑の様子でドアを開けた。そして、大きく仰け反った。
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