ユキ連載BOOK
□苛めないで、
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「よぉ、如月」
如月が友達と一緒に学校の門を出たタイミングを見計らって俺は声をかけた。目的はもちろん、前回と同じ。俺と如月の関係のアピールだ。
「偶然だな。今学校の帰りか?」
「ユキ!」
「あ、この間の――」
「如月の彼氏!」
今時の高校生然とした少女があっと声を漏らした。覚えていてくれたとは、なんて都合がいい。
「一緒に帰ろうぜ、如月」
「う、うん……」
いつもは俺に会っただけで笑顔になる如月が、このときばかりはあまり嬉しくなさそうにうつむいた。
「どーかした?」
「別に……ただ最近帰り道によくユキと会うなって思って」
「まぁ、それは……愛の力ってやつじゃね?」
実際は俺が学校の門の前で待ち伏せしているからだけどな。心の中でそう付け足してから、俺は二人を伺い見た。桂木弥子は驚きつつ興味津々で俺を凝視し、もうかたっぽはメラメラな表情でいいなぁなどと呟いていた。
「すごいラブラブじゃん、如月。学校で彼氏のこと話さないからうまくいってないのかって心配しちゃってたんだけど」
「学校で俺のこと話さないの?」
別にまずいわけでもない。高校生に俺たちの噂を広めたところで何の役に立つのか甚だ疑問だが、塵も積もれば山になる。広めるに越したことはない。
「だって話しちゃダメってユキが……」
「そりゃ仕事のことだよ。でも、プライベートのことはいくらでも話していいだろ。いやむしろ話せ」
いい虫除けになるだろ、とわざわざ如月の耳元で大きく囁けば、それを聞きつけた女子高生二人組みが顔を真っ赤にして見合わせた。
「本当にユキさんは如月のことが好きなんですね」
「え、まぁ、」
思ってもみなかった言葉に少しうろたえるも、慌ててそれらしくニヤリと笑ってみせた。
「そりゃあ、こんだけ可愛かったら、夢中にならねぇ方がおかしいだろ、探偵」
「如月も、こんだけかっこいい彼氏がいたら、夢中になって仕方ないでしょ?」
「え、うん、まぁ……」
如月が女子高生からそっぽを向いた。
「あー、照れた!」
「て、照れてないもん!」
「もー、あんたは本当にわかりやすいんだから!」
如月の顔が真っ赤になっているものと思い込み、笑いながら如月を小突いた女子高生からは見えなかった。本当に困ったように歪められている如月の顔が。
「どうしたんだよ、如月」
女子高生二人組と別れてしばらくした後、俺は口を開いた。
「さっきから元気がないじゃんか」
「うん? べ、別に元気がないわけじゃないよ! ただ……」
「ただ?」
「……な、なんでもない!」
「ふーん。あんた、俺に隠し事するんだ?」
如月の肩に手を置いてじと目で見ると、如月はうっと喉をつまらせた。
「な、何……?」
「何でも。ただ、あんたはいつ俺に隠し事ができるくらい偉くなったのかと思ってさ」
肩に手を回すと、反対側の手で如月の頬をぐりぐりした。
「う、わ、やめてよ」
くすぐったそうに笑う如月を見て、少し安心する。
「わたしはただ……」
「ただ?」
「……ユキが、たまにわたしの恋人みたいに振舞うから」
俺が、如月の恋人みたい、だって? た、確かに落ち込んでいたら慰めてやろうと思うくらいには、一緒にいて楽しいと思うくらいには、こいつのことが好きだ。アニキ以外の人間にこんなに好意を抱いたのは始めてだ。もしかしたら、それに近い感情を抱いているのかもしれない。だけど。
素直にそう言って、いいのか。如月の不安げな表情を見ていると、こっちまで不安になってくる。
「おいおい、まるで、好きじゃないって言って欲しそうだな」
「うん」
冗談めかして言ってみたその言葉を、如月はあっさりと肯定した。
「ユキのことは大好きだけど……」
だけど、という言葉の裏に込められた空気を感じ取り、俺はぎゅっと拳を握った。嬉しい気持ちと不安な気持ちが胸でせめぎあう。次の言葉を聞きたい、そう思う反面怖い。じゃあ、この速くなった胸の鼓動は……緊張か? それとも、興奮なのか?
「わたしは――」
迷ったように一度閉じられた唇が開かれる。俺にはその一連の動作がとてもゆっくりに見えた。
「如月?」
見知らぬ男が、如月の肩に手を置くまでは。
「え?」
男の低い声に如月は振り返り――顔をぱぁっと明るくさせた。
「笹塚さん!」
俺の手を振り払い、さっと男――笹塚の元へ駆け寄る。俺は振り払われた手を呆然と見つめた。如月の微かな体温で暖められていたからか、手のひらに冬の空気の冷たさが余計に染みた。
「何でこんなところにいるんだ?あと、そいつ――」
笹塚が誰だと言うように怪訝な表情で俺を見やる。俺も奴を観察し返した。くたびれたスーツで覆われたしっかりした体。色素の薄い髪、疲れたような眼差し。けれど、隙のない姿勢。こいつ、きっとただの会社員じゃない。
「あ、この人ね、ユキって言うんだよ!」
「ふーん。どんな関係?」
「こいつの彼氏」
如月が口を開く前に公言する。笹塚が驚いたように如月を見た。
「え、まじで?」
「う、うん……?」
「あんたこそ誰だよ」
しどろもどろな如月に助け舟を出す。笹塚はぽりぽりと頭をかき、こいつの保護者の同僚、とだけ答えた。
「あのねあのね、笹塚さんはわたしのお母さんの大親友で、お母さんがいない時、たまにうちに来てくれるんだよ!」
「お母さんがいない時?」
嬉しそうに説明をする如月に聞き返す。
「あんたの母さん、家にいないの?」
「お母さんはお仕事で忙しいの」
当然のことを答えるような表情。そこにはほんの少しだけわざとらしさが混じっていた。普段の彼女には決してないものが。
「だからわたしは一人でおうちにお留守番してるの」
「こいつの保護者はたまにしか家に帰ってこないんだ」
笹塚が補足説明をする。
「だから、忙しい俺の友人の代わりに、俺がたまに様子を見に行ってやってるってわけ」
俺は口を引き結び眉を潜めた。俺の知らないことを彼は知っている。そのことになぜか悔しさを覚えた。
「それで、昨日様子を見に行ってみたら――」
もぬけの殻だった、というわけか。
「どうして昨日いなかったんだ?」
「それは……」
「そんなに怒ることでもないだろ」
庇うように如月の前へ滑り込む。
「友人の娘が彼氏の家に泊っているからってさ」
「なっ……」
笹塚の目が見開かれる。俺は少しだけすかっとした。
「……それって本当?」
「う、うん……」
俺の無言の圧力に気付いたのか、如月が笹塚から目を逸らしつつうなづく。
「なんか、まずい、かな?」