ユキ連載BOOK

□おめでとう!
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「ハッピーバーズデーイ!」


 ドアを開けた瞬間に響いた少女の大声と、そして銃声のような、でもそれより安っぽい爆発音。反射的に引いた身をさりげなく戻し、私は改めて辺りを見回した。
 折り紙で作った鎖が壁をぐるりと一周飾り付けられている。テーブルの上には、大皿がところ狭しと乗せられていて、豪勢な雰囲気を醸し出している。何だか子どもの誕生パーティを思わせる飾り付けだ。更に子どもっぽいのは、クラッカーを持ったまま私を期待を込めた眼差しで今か今かと見つめる、


「一体何の騒ぎだ、ユキ、お嬢さん」


 我が家の飼い犬二匹――いや失礼、尻尾が見えたものだからつい。


「アニキ、今日誕生日だろ?」
「だから二人でお誕生日ぱーちーを企画したんですよ」
「……ああ、そういえば今日は私の誕生日だったな」
「聞いた、ユキ? ドッキリビックリ誕生パーチーは大成功だって!」
「やったな、如月!」


 誕生日を思い出させただけで成功なんて、随分安上がりな作戦だな。いつもならすらすら出てくるはずの皮肉がなぜだか喉に詰まって出てこなかった。


「じゃ、早速乾杯しよっか!」
「アニキアニキ、これ全部如月が作ったんだぜ? すごくねー?」
「べ、べつにあんたのために作ったんじゃないんだからね!」
「おっ、デレた」
「お嬢さん、そのセリフはどこで覚えたんだ」
「石垣さんにこれ一回言うごとに飴玉一つもらえるアルバイトをしてた時期があって」


 全体的に低レベルな需要と供給だな。


「あんたにマニアックなセリフ言わせてニマニマしてたと思うと何かムカツクな、その石垣って男。ぶっ飛ばしていい?」
「めっ!」
「じゃ、あんたに八つ当たりするか」
「そ、そんなぁ――いだぁ!」


 額をはじかれて涙目になっているお嬢さんに意地の悪そうな笑みを浮かべると、ユキは冷蔵庫からワインを出して既に用意されていたグラスへとくとくと注いだ。


「ほらアニキ、座れよ」


 長方形のテーブルの、いわゆるお誕生日席を引かれ、私は居心地の悪い気分を隠しつつ席に座る。


「如月、いつまでダメージくらってんだよ」
「へんじがない ただのしかばねのようだ」
「そっか。じゃあ俺の膝の上に座らせても問題ねぇよな」
「ザオリク!」


 彼女はすばやく立ち上がると、ユキの反対側の席に着席した。ユキは少し残念そうな顔をした。


「じゃあ如月、歓迎の言葉的な何かを」
「え、わたし?」
「だって主催者だろ?」
「無理無理わたしそんな柄じゃないもん!」
「俺だってそんな柄じゃねぇよ」
「じゃあ飛ばそ!」
「今回のコンセプトはガキのお誕生日パーチーなんだろ?ならあんたにぴったりじゃん」
「ちょっとそれどういう意味?」


 なんだこのグダグダっぷりは。私としては、このいかにも豪勢な料理……ってちょっと待て。


「お嬢さん」
「はーい?」
「料理の説明をお願いしたいんだが」
「うふふ、えーっとですね。こちらが一度は誰もが夢見るバケツプリン!」
「皆でスプーンを突っ込んで食べるのか?」


 実は綺麗好きな私としては何としても辞退申し上げたい。


「まさか。これ、全部早坂さんのものですよ!」
「なおよしてくれ」
「そしてこちらが皆大好きチョコフォンデュ!」


 直径三十センチほどの鍋と、隣にバナナが一房。


「チョコとバナナの割合が明らかおかしいが」
「あまったチョコは、男の意地とプライドをかけて一気飲みだー! キラーン!」
「勘弁してくれ」


 いつぞやのCMを彷彿とさせるキラキラっぷりに、私はげんなりとした。


「最後に、お誕生日と言ったらこれでしょう! ショートケーキ!」


 これがショートケーキ?


「ウェディングケーキの間違いだろう。なぜこんなに大きくしたんだ」
「だってろうそくが入りきらないじゃないですかー。えーっと、三十……六本?」
「高さはえーっと……四十五センチ、と言ったところだな」
「ケーキ入刀はユキとやってくださいね! わたし、写真撮る係と歌を歌う係にまわらなくちゃいけないんで」


 いっそ殺してくれ。


「あ、あとデザートにアイスクリームもあるんで!」
「あんたさっき最後にって言ってなかったか?」
「突っ込むところはそこじゃないだろう」


 アイスもケーキもデザートだ。なぜまともな料理を作ってくれなかったんだろう。


「じゃあ乾杯しましょー」
「ユキ、彼女のグラスにワインを注ぐな」
「ちぇー」
「ちぇーって、おまえ何をするつもりだったんだ」
「ごー、よん、さん、」


 お嬢さんがカウントをはじめる。私は急いでグラスを持った。


「にー、いち、いっせーのーせ、」


 随分長いカウントだ。


「はっぴばーずでーとぅーゆー!」


「乾杯じゃないのかよ」
「で、途中を略しまして」
「略すな」
「お誕生日おめでとーう!」


 お嬢さんがクラッカーを鳴らした。乾いた音が部屋に響きわたった。一瞬肩を縮みこませ、それから私は呆れて溜め息を漏らした。


「まったく。相変わらず人の話をちっとも聞かないお嬢さんだ」


 だが……。私は料理で溢れんばかりのテーブルと、それから我が家の飼い犬二匹に視線をやった。


「なぁ、如月、俺のスプーンがないんだけど」
「うそ、ごめん! うーん、でも確かに三本あったはずなんだけどなぁー……」


 ユキが堪えきれないように笑う。


「え、何?」
「いや、何でもない。それよりスプーン」
「あ、うん、急いで洗ってくるね!」
「そうする必要はないよ」


 キッチンへ向かいかけたお嬢さんの手をユキがつかむ。


「あんたのスプーンを使えばいい話だから」
「え、わたしの?!」
「まぁ、俺とあんたの間接キス? になるわけだけど? ま、俺は構わないし?」
「か……か、間接……」


 真っ赤になっているお嬢さんと意地の悪そうな笑みを浮かべているユキの姿を見て、私は小さく笑った。そうだな。たまにはこんな馬鹿騒ぎをするのも、悪くはない。

 to be continued.


(20110323)加筆修正完了
 

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