ユキ連載BOOK

□食べさせて。
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「む……」


 すくったプリンを口に運び、わたしは顔をしかめた。うん、まずくはないけど、おいしくもない。やっぱり生クリームが入ってた方がいいなぁ。


「何食ってんの」
「うわぁっ! ……って、何だユキか」
「何だって何だよ」


 背後で口を尖らせると、ユキはわたしの右隣に座った。


「どうしたんだよ、そのプリン。もしかして、勝手に抜け出して買ってきたのか?」


 またアニキに怒られるぞ、というユキの言葉にわたしはここ三日間のことを思い出してわたしは顔をゆがめた。そう、飲酒のお仕置きと称してやられたあんなことやこんなことを。


「ち、違うよ! これはわたしが作ったの!」
「あんたが? え、嘘、マジ?包丁で指とか切らなかった?」
「そんな初歩的なミスしないもん。大体プリン作るのに包丁なんかいらないし」
「いや、でも使わないのに包丁取り出して勝手に怪我をするのがあんただろ?」
「うっ……確かにわたしはドジだけどさぁ……」
「あーもう、泣くなよ」


 ユキはなぐさめるようにわたしの頭をぐしゃぐしゃとなでた。あきれたような口調の中に、面白がるような響きをかすかに感じた。


「ただ、あんたが料理するなんてちょっと意外だっただけだよ。だってあんた、今まで一言もそんなこと言ってなかったしさ」
「料理じゃなくて家事だよ。それだって、別に得意ってわけでも好きってわけでもないし……わざわざ、言う事でもないかなって」


 お母さんは仕事で滅多に帰って来られず、わたしは自分で家事をこなさなくちゃいけなかった。だから、わたしは一応の自炊ができる。でも、それだって別に得意ってわけじゃないし、とうとう好きになることはなかった。わたしは今でも、作るより食べる方が好きだ。


「ふーん……」


 ユキがプリンに視線を落とす。一瞬考え込むように目が閉じられ、それからすっと開けられた。


「普通に美味そうだけどな」

 
 そう言うとユキはスプーンを持っているわたしの手の上から重ねるように掴み、プリンの入ったカップにつっこんだ。何がしたいのか分からず抵抗しないのをいいことに、そのままプリンを自分の口に運んだ。わたしから見たら、まるでわたしがユキにあーんをしたような構図になっていて、そのことに気付いた途端、一気に恥ずかしくなり、うつむいた。


「おい、こっち向けよ、如月」


 優しげなユキの声も無視してうつむき続けるわたしにしびれをきらせたのか、ユキの左手がわたしのあごをつかみ、持ち上げた。


「俺の目を見ろよ」


 有無を言わさぬ、けどどこか柔らかい口調のユキに、わたしはそっと目を上げた。かちあったユキの瞳は、声と同じくらい優しい色をしていた。


「あんたは得意じゃないとか言ってるけど、プリン普通に美味いよ」
「そ……」


 そんなはずない。二人とも家事はしない主義なのか、ご飯はいつもどこかのレストランで済ませるのだけど、そのレストランというのがこれまたおいしいレストランで。長い間そんな生活を続けてきたユキの舌は贅沢な味に慣れているはずで。こんな家庭的で未完成な味なんか受け付けないはずで。


「あんた、俺の言ったこと信じてないだろ」


 納得のいかない顔でもしていたのか、ユキが軽くわたしを睨む。


「でも、だって、いつもつれてってもらうレストランで食べたプリンの方が明らかにおいしいじゃん」


 ユキは何も言わず、小さく溜め息をつくと、わたしの手を掴んだままプリンを掬った。わたしの言ったことに納得して、味の確認でもするつもりかなとぼんやり重いながら見つめていると、不意に頭の後ろを押さえつけられた。


「口開けろ」
「え?」
「いいから開けろ」


 わたしはなんだか怖くなって、ぴたりと口を閉じる。ユキがため息をついて、それからにやりと笑った。


「お口あーん」
「あー……」


 はっ、しまった! つい開けてしまった! 後悔した瞬間、口の中いっぱいに甘い味が広がった。


「いつまであーんしてるんだよ。早く閉じろ」


 言われて慌てて口を閉じる。目の前にはスプーンを持ったユキがいる。何をされたかは、聞かれなくても分かった。


「な、美味いだろ」
「んー……」
「何だよ、口移しが良かったなら、早く言えって」
「おいしいです!」


 ユキが少し残念そうな顔をした。


「ま、分かったんならいいや」


 ユキがわたしの手を放す。ということはつまり、今までずぅーっとわたしの手を握ってた、ということで……!


「何顔赤くしてんだよ、如月」
「あ、いや……」
「こないだなんか顔色変えずもっとすげーことしたくせに……」


 もっと、すごいこと。それを聞いて思い浮かぶのは先日ユキと一緒にお酒を飲んだ、あの日。ちゅーをして、それ以上もされそうになって、でもしなかった、あの日。


「おっ、思い出した?」


 思い出した、どころか。はっきり覚えてる。あの日のことは。さすがに最初お酒を飲んだ日は調子に乗って記憶吹っ飛ぶくらい飲んじゃったけど、あの日は缶ビールを一、ニ杯だ。理性は飛んでいたけど……でも、記憶までは飛んじゃいない。
 でも。ユキの横顔を見ながらぼんやり思う。
 ユキは多分、わたしに自分の弱いところを見せるつもりはなかったんだと思うし、覚えていてほしくもないと思う、きっと。


「え、何のこと?」


 だから。わたしはお酒を飲みすぎて何も覚えていない。そういうことにしといた方がいいんだと思う。


「覚えてねーの?」


 ユキは少し驚いたように眉を吊り上げ、それからニヤリと笑った。


「あんた、めっちゃエロかったぜ」
「エ、エロ……!」


 そ、そりゃ、気分が大胆になって、ちゅーしたくなったりはしたけど……でもでも、あれはお酒のせいで!


「如月。顔、赤を通り越して真っ赤だぜ?」


 甘い色を滲ませて言うユキの目は、いたずらっぽく細められていて。わたしは妙に恥ずかしく、くすぐったい気分になった。


「み……見ないで」
「あ、何で隠すんだよ」


 顔を両手で覆うわたしの手をつかみ、どかせる。


「せっかくめちゃめちゃ可愛い表情してんのに」
「だ……」
「だ?」
「誰?!」
「……は?」


 眉を寄せて一瞬ゆるんだユキの腕から抜け出すと、自分の部屋へ走るスタートダッシュを切った、ものの。


「おいこら逃げんな」


 首根っこをつかまれて、あえなく失敗。


「誰ってどういう意味だよ」
「だってユキ、何か変なんだもん! 何でそんなに優しいの?! こんなに優しいのユキじゃない!」
「おいそれどういう意味だよ」


 口の端を歪ませ、わたしを仰向けに床に押し付ける。そして更に、その上に乗っかった。


「ぎゃあー! こ、殺されるぅ!」
「お望みなら本当意地悪してやってもいいんだぜ? 俺はどっちだって楽しいからな」
「ほらぁー!ユキ、意地悪じゃん!」
「言ったな、このっ……!」
「ぎゃあ……いや、ちょ、くすぐった……あふ、や、きゃはは!」
「楽しそうだなー。いじめられて喜ぶなんて、あんたマゾ?」
「いいえけふぃあで……あふ!」
「そうかー、マゾなのか。よし分かった、あんたのお望み通り、これからたっぷりいじめてやるからな」
「いやぁー!!」


 ユキからの絶え間ないくすぐり攻撃で、息も絶え絶えになったけど、代わりに甘い空気は消えて、いつもの和気あいあいとした雰囲気が戻ってきて、わたしはこっそり安堵した。甘い雰囲気でドキドキ心臓をうるさくさせるよりも、こうして騒々しくしていた方が、いい。
 そんなことを考えていたせいか、ユキがわたしとは違う理由でこっそり安堵していたことには気付かなかった。

 to be continued.

(20110321)加筆修正完了
 

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