ユキ連載BOOK
□見せ付けて。
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「今日の特集は、“最近流行っているA型インフルエンザ対策! 〜あなたの家は大丈夫?〜”です」
「A型インフルエンザ?!」
「うおっ……て、何だ、あんたかよ」
ソファにだらしなく座りながらテレビを見ていた俺は、突然の大声に肩を縮みこませた。
「ねぇねぇ、このA型インフルエンザって、もしかしてあれ? 血液型がAの人の血が全部抜けちゃうあれ?」
「はぁ?」
何言ってんだこいつは、と怪訝な表情を浮かべたものの、こいつは勝手に「でも、あれ、ベリタセラム、だっけ? 飲んだら治るんじゃなかった?」などと話を進めている。俺はますますわけが分からない。
「ベリタセラム?」
「あ、注射か。そーだよね、わたし、それで怖かったから、逃げたんだった」
「あんた、病気だったのか?」
「今はもう大丈夫だけどね。……あれ、わたしいつの間に治ったんだろ?」
そういえば、病気で苦しんだ記憶もないなぁー。うんうん唸りながら考え始めた##NAMME1##の鼻をきゅっと摘んだ。
「んなことはどーでもいいんだよ。それよりあんたは何でこんなとこにいるんだ?」
「ひゃっ!」
「あんた、部屋にいたんじゃないのかよ」
「だってだって、部屋の鍵があいてたんなもん!」
「今頃気付いたのかよ」
――「いや、ユキ、鍵を閉めるのは最初の一回で十分だ。ああいう馬鹿は、最初鍵がかかっていたら、次も鍵はかかっていると思い込むからな」
――「でも、どんな馬鹿でも途中で気付くだろ? 一応、鍵はかけといた方がいいんじゃねーの?」
――「確かにそうだな。だが、いつになったら気付くのか、見守ってみるというのも一興だろう?」
やっぱあんたの言う通りだったよ、アニキ。俺は小さく笑いながら、そう胸の中で呟いた。
「なになに? 何笑ってんど?」
「いや、やっぱ馬鹿だなって思って」
「ばかじゃないぼん!」
口をへの字にして訴える。
「だってだって、押したら鍵がかかって、引いたら開く、そんな魔法みたいな鍵があるなんて、思わないじゃん!」
「……は?」
押したら鍵がかかって、引いたら閉まるって……いやいやいや、そんな魔法みたいな鍵かけられるわけねーだろ。単に引いて開けるタイプのドアだっただけだろ。
「あのな……いや、やっぱいいや」
「えぇー、なになに?」
「内緒。あんたには教えねーよ」
「そんなぁ! ずぬい!」
「あんた、さっきっから発音変だぞ」
如月の鼻をより強く摘みながら、俺はわざとらしく言ってみせる。
「そねはだって、ユキが!」
「そねって何だよ、そねって」
「そねじゃないよ、そーねー!」
「そねにしか聞こえねーよ」
「うぅ……」
如月の目が潤み始める。そろそろかな。俺は、止めの一言を呟いた。
「発音くらいしっかりしろよ。ただでさえ、顔が変なんだから」
ぶわっ。あとはお約束だ。
「うわぁぁぁん!」
彼女の泣き声が、既にBGMと化していたテレビの音声を完全にかき消した。
「仕事場まで声が響いているぞ、お嬢さん」
呆れたような表情で、アニキが部屋に入ってきた。
「どうしたんだ、ユキ。なぜ、彼女は部屋にいない?」
「鍵がかかってないことにやっと気付いたらしい」
「そうか、一つ賢くなったな、おめでとう、お嬢さん」
「わーい!」
「よし、ユキ、さっさと彼女を部屋に連れて行け」
「了解」
「え、ちょっと待ってよ!」
襟首を掴むと、如月はいつものように暴れだした。
「もしかして、またあの部屋に逆戻り!?」
「正解。また一つ賢くなったな」
「わーい! ……ってそうじゃなくって! そんなのやだよ!!」
あの部屋にずっといるのって、すごく退屈なんだよ!? 如月が大声で訴える。
「本もテレビもパソコンもない、友達もいない。そんなのつまんないでしょう?」
「さーな」
俺はアニキさえいれば、何も不自由しない。けど……こいつは違うのかもな。潤んでいる瞳を見つめながら考える。如月はついこの間まで普通の人間として平凡な生活を送ってきた。そしてそれなりに満足していたんだろう。
それを俺達が――
「やこちゃんに会いたいよう……」
「やこ?」
俺とアニキの声が綺麗に重なる。きっと、俺達の思考回路も、同じところを辿っているんだろう。
「そのやこって、もしかしてあの桂木弥子か?」
「そーだよ! 何で知ってるの……は! もしかして、ファン?!」
「違ぇよ」
「サインもらってきてあげようか?」
「人の話を聞け」
「いだ!」
役立たずな彼女の耳を引っ張って遊びながら、俺はアニキに視線を投げかける。きっと、アニキも俺も、如月の友人が桂木弥子だということに驚いた。だが、アニキは俺よりもはるかに頭がいい。今この瞬間にも、彼女のそのコネを利用する方法を色々考えているに違いない。
「お嬢さん、」
その俺の考えは的中していたらしい。
「すまなかった。君にそんな窮屈な思いをさせていたとは」
「あぁいえいえ、こちらこそ」
反射的に頭を下げた如月は気付かなかった。アニキが、何かを企んでいるような、人の悪そうな笑みを浮かべたことに。
「確かに、ずっと部屋に籠もっているのは退屈だろうね。よし。しょうがない。君の為だ。学校に行くことくらいは許可しよう」