ユキ連載BOOK

□楽しませて。
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「新型インフルエンザ、かかっちゃってますねー」


 真っ白な病室で、わたしとお医者さんはお話している。


「えー、そんなぁ!」
「あなたA型でしょ」
「いえ、AB型です」
「ほら、A型の血入ってる。今流行ってるインフルエンザ、新型インフルエンザって言ってね、A型の血が全部なくなっちゃうんですよー」
「えー、そんなぁ! やばいじゃないですかっ!」
「でも、ほら、このベリタセラムを飲めば大丈夫」


 お医者さんはそう言って、どろりとにごった緑色の液体が入ったコップを差し出した。


「やだ! おくすりやだぁぁ!」
「ほら、あーん……」
「ぎゃぁぁぁ!」




 ぱちっ。誰かの悲鳴で目が覚めた。


「今の悲鳴誰だったんだろ」


 すっごくおびえてたけど、大丈夫かな。悲鳴のおかげでわたしはおくすり飲まなくて済んだんだけど。


「まぁ、大丈夫だよね、きっと」


 うんうん、とうなづくと、わたしはベッドから体を起こした。何だか喉が大声を出した時みたいにひりひりする。


「お水飲みにいこーっと」


 ストレッチ感覚で首を回しながらドアのほうへ向かい、ノブをつかんで押した。開かない。


「あ、そういえば」


 昨日、ユキと早坂さんによって、この部屋に閉じ込められたんだった。そーだそーだ、思い出した。


「うぅー……」


 さてさて、どうしよう。選択肢はふたつある。そのいち。二度寝。そのに。叫びながらドアを叩き、出してもらう。


「よし、二度寝しよう」


 ひとつ大きな欠伸をし、ドアにもたれ、まぶたをおろした。目を閉じれば、ネロとパトラッシュがそこらへんを駆けずり回っている。
 あぁ、楽しそう。わたしも一緒に遊びたいなぁ……。そんなわたしの思いを察したからか、二人が優しい笑みを浮かべてこっちに音を立てて駆け寄ってくる。いいの、わたしも? じゃあ仲間に入れて。そう言うと、彼らは更ににっこり笑い、どんどん近寄ってきて――


「すっげー悲鳴が聞こえたんだけど、どうした?」
「ふぎゃん!」


 殴られたような痛みが頭を襲い、わたしは涙の滲む目で痛みがやってきた方向を見つめた。開かれたドアからこちらを伺うユキの姿が見える。どうやら、開けられたドアによって頭を思い切り打っちゃったらしい。


「やれやれ、朝から騒がしいことだ……おはよう、お嬢さん」


 ドアの隙間からは更にもう一人、早坂さんが顔を出す。わたしは痛む頭を抑え、もう一度目を閉じてみた。パトラッシュとネロの姿はもう、どこにもない。


「あぁ、パトラッシュ……」
「パトラッシュ?」
「わけのわかんねーこと言ってないで、さっさと飯食いに行くぞ」
「ぐぉっ」


 ユキは猫のそれを掴むようにわたしの襟首を持つと、そのままひきずって行った。


「い、痛い、ギブギブ!」
「今何か言った?」
「痛いから、放して!」
「アニキ、何て言ってるか分かる?」
「いや、まったく」
「うわぁぁん!」


 お母さん、助けてください。新しい上司達は、すごくすごくいじわるです。


「むぅ……おなかすいたよーう……」


 早くしろとせっつかれ、準備もそこそこに車に乗せられ、空腹と眠気と酔いにさいなまされて三十分。ようやく、何だかよく分からない大きな建物にたどりついた。ここ、どこなんだろう。わたし、どうなっちゃうんだろう。心配材料がひとつ、増えた。助けてお母さん。


「準備遅ぇからだろ。自業自得だ」


 早く降りろ、とユキがせっつく。開かれたドアから外の景色を眺めていたわたしは慌ててリムジンから飛び降りた。その拍子に、ベルボーイとぶつかりそうになる。


「気をつけろよ」


 リムジンの中からユキが引っ張ってくれなかったら、間違いなく彼にぶつかって、弾き飛ばされていただろうな。


「ありがとう」


 その言葉に、ユキは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた、ような気がした。


「何かトラブルでもあったのか?」


 遅いわたし達を心配してか、一旦大きな建物に入ったはずの早坂さんが戻ってきた。


「いや、何も」
「そうか、なら早くしなさい」


 お嬢さんが待ちくたびれているからな、と言ってわたしの手をとる早坂さん。


「おなかがすいただろう?」
「うん!」
「そうか、なら良かった」


 疑問の視線を感じたのか、口角を吊り上げこう付け加える。


「君の歓迎パーティにと、都でも有名な中華料理店を予約したからね」
「パーティ? 中華?」
「作ってるジジィはしょぼいけど、味は確かだぜ」


 車から降りたユキが追いついて、わたしのもう片方の手を取る。


「知ってるか? 超一流五つ星ホテルのクイーンメアリーズ」
「あぁ、あのおいしくておっきくてきんきらきんの!」
「……まぁ、そうだな」


 ユキはきんきらきん、と口の中で呟き、何がおかしかったのか一人で笑い出す。


「もしかして、これがそれ?」
「正解だ」
「わーい!」


 パーティ、中華。あぁ、なんてわくわくする単語なんだろう! 前方に三つの影が長く伸びる。そのオレンジと黒のコントラストを見つめながら、わたしは朝でも中華なら余裕でいけちゃうな、などと考えてる。眠気やら酔いやらはもうすでにふっとんでいた。
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